2018年5月27日 (日)

理不尽な「交換したパーツは誰のモノ」問題(皆様のアクションにも期待)

交換されて返却されない時計のパーツ、この主有権は一体誰にあるのか。

今回38年前のカメラをオーバーホールした際、改めて機械式時計の純正オーバーホールについて、理不尽なものを感じたので本エントリをしたためている。

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当カメラは1980年当時、発売とほぼ同時に父が購入したNikonF3だ。

ニコンはこの春三ヶ月限定で、すでにオーバーホールの受け付けを終了しているオールドモデルの受け付けを実施した。大人気で3ヶ月程度かかったが、まあその程度は機械式時計のオーバーホールに慣れていればザラなのでなんとも思わない(が、ニコンさんからは「長くかかってしまい本当に申し訳ありませんでした」と電話でも店頭でも言われた)。

返却に際し、ペーパーにも明記された内容を一つ一つ丁寧に説明してくれた。また古い電池は当然使えないので抜き取られているが、それまでご丁寧に返却された。しかも機械式時計のオーバーホール料金の水準と比べ格段に安い。安すぎる。

ここで、とにかくペーパーの内容を見てもらいたい。技術者が何をやって、今どういう状態にあるのかが極めて親切丁寧にわかるようになっている。いやこの業界では当たり前なのかもしれないが、機械式時計のオーバーホールを何度か経験した人ならば、内容の具体性に関してレベルが全く異なることは認識できるであろう。

永く愛用してきた機械をこれからも使ってください、という意図を感じることができるし、受付してくれた、あるいは返却してくれた時の担当者もそういう気持ちが入っているのである。もちろん商品知識も凄まじいものがあるし、驚くのは現在純正修理を受け付けていない古いオボディやレンズを持ち込むと、「申し訳ありませんが現在はお取り扱いできません」と断った上で、同社OBの熟練エンジニアがやっている、大井町の某修理工房を紹介してさえくれるのだ。会社として認めているのである。驚き以外の何モノでもない。

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もう一つ端的な例を示す。定期的なオーバーホールが必須の趣味モノといえば、スキューバダイビングの重機材がまさにそれだ。命に関わるため定期的なオーバーホールは必須なので、基本的に重機材を販売しているあらゆるダイビングショップで受け付けてくれる。私が出しているところでは、すべての交換部品がそれこそ切れたタイラップや古いOリングまで含めて一切合切が返却される。それが「誠実な仕事をしました」という証になっているのだ。

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翻って、機械式時計の純正修理における私の経験を記す。まずクロノで有名なZ社。年末に出して年明けに完了し、引き取ってきたものであるが、竜頭とプッシャーが交換されていた。その部品代は当然請求されているものの、パーツは返却されない。これは時計業界の純正修理ではなかば当り前と化しているわけであるが、改めて疑問に思い店員に聞いてみた。「交換されたパーツの主有権は誰にあるのか」もちろん論理的に答えられるわけもなく、「スイス本国のポリシーですので」の一点張り。

さらに、あえて明記するがJLCPGのレベルソを並木通りの路面店でオーバーホールした際のことだ。プッシャーの交換をしないと防水性が保証できないと言われ(脅され)、仕方なく交換することに同意。しかし18Kのプッシャーは、交換したとペーパーに記載しているだけで、パーツそのものは返却されない。18Kの(価値ある)パーツの所有権は、一体誰にあるのか。法的にはどう解釈されるのか。店員に聞くもZ 社とほぼ同様の答えしかできない。理不尽ではないか。

この事象とは直接関係ないが、クロノス誌におけるアフターサービスの特集で、JLCは無返答だった。

https://www.webchronos.net/features/18855/

同じリシュモンでもバセロンやランゲ、カルティエなどはちゃんと返答している。これはグループとしての態度ではなく、JLCというメゾン固有の態度なのだ。そこに注意してほしい。「返答できない理由」もある程度分かっているが、この事実を受け私はJLCには愛想を尽かし始めている。

さて「交換したパーツは誰のモノ」問題。随分と昔からある問題で、昔からロレックスの話はよく聞く。市井に偽物が多いので純正パーツを返却してしまうとセカンドマーケットに流れ、よくわからないガッチャが出来るのを防いでいる(純正品の価値を守り、それが正規オーナーのためでもある)というエクスキューズをどこかで聞いたのだが、果たしてそうなのであろうか。オーナーをバカにしてはいないか。パーツの集合体が時計なのだ。その集合体としての時計を、オーナーは高い金を出して手にするのである。

この問題はぜひもっと表明化して、各メゾンに考えを改めてもらいたいと強く思っている。信頼できる修理店を知っている今、私にとって純正修理はストレス以外の何ものでも無くなってしまった。

一方で、私が信頼する修理店はすべてオープンだ。パーツは頼めばなんでも返してくれるし、作業途中の写真も撮ってくれる。それこそが「誠実に仕事をした証」であり、だから対価に納得するのだ。

ぜひ、これをお読みの皆様が純正修理の際にパーツを交換されてしまった場合、ぞの所有権を主張してほしい。この理不尽さとアフターサービスの不快感を変えていきたいと思いませんか。私も少しづつアクションを取り始めています。

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2018年5月10日 (木)

恋心

さて、今気に入って使っている時計と出会ったときを振り返ってみてください。

今欲しくて仕方がない時計に対して抱いているのと似たような憧れを、今所有している時計に対しても持っていませんでしたか?

この時計さえ手に入れられれば、私は幸せになれると。

ところが実際に手に入れてみると、その時計の存在は日常の中に溶け込んでいき、所有する前に抱いていたような刺激(恋心)はどんどん薄れていく。「あれ?思っていたのとなんか違う」と。

人間はなかなか手に入らないものには刺激やチャレンジ精神を得やすいものです。

手に入りにくいとわかっているからこそ魅力的に見えるということを、覚えておくと良いでしょう。

私たちは手に入りにくいものが手に入ったときに幸せを感じやすいですし、それこそが幸せと思っているかもしれません。

でもそのような幸福感は一過性のもので、やがて慣れるとそこには価値を見出せなくなりまた次の高揚感を必要とします。

そしてこのループがいつまでも続くのです。

私たちに試されるのは、今自分が置かれている状況=「今・ここ」に価値を見出す力で、それこそ持続性のある幸せをもたらすのではないでしょうか。

すなわち、今所有している時計に価値を見出すことこそがアガリなのです。

(注:某メルマガの改変コピペです・・・)

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2018年4月 4日 (水)

衝撃の第1作〜菊池ウォッチ

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クロノス5月号でついに漫画にまでなった独立時計師である菊池氏。業界では時の人になりつつある感もあり、そんな同氏の第一作目をつぶさに見る機会に恵まれた。

彼は他の独立時計師に比べまだまだ若いが、その経歴は既にある程度の水準に達している。フランスで時計学校に通い、パリの店で時計修理に従事、日本に帰ってきてからも銀座の時計修理店でスキルを磨いてきた。クロノスのパラノイア列伝にもあったとおり、時計理論について極めて造詣が高く、ルモントワール機構に関するクロノスの記事も記憶に新しい。

さて一般的に独立時計師の第一作は、作り手の趣味趣向がとても強く反映されたものとなる。そのため極めて初期の作品は、粗削りな部分はあるがものすごいパッションを感じる、そういうものとなるのが常である。

対して彼のものはどうだ。

粗削りな部分というのは実はほとんどない。第一作からここまでピタリと来るとは思わなかった。そしてこのデザインは、彼のルーツそのものを如実に顕している。誰がどう見てもパテックなどのビンテージだ。それも、ジャガーエボーシュから12-120に代わる前後の、30年代のSS96などが真っ先に思い浮かぶだろう。一方あの時代のビンテージウォッチは、男性が現代で使うには少々小さい。そこで、あのクオリティ、鉄の塊感、凝縮した感じ、アレンジしようのないプロポーションなどをほぼ維持したまま、現在によみがえらせるとどうなったか、ということの答えがこれだ。

各部の比率は完璧にビンテージのそれである。あのプロポーションを維持して直径36.5mmまで拡大させているため、結果的にラグ幅は22.5mmまで広くなる。ドーフィンハンドも太いしインデックスも太い、が第一印象となるであろう。

この広いラグ幅に対して当然太い革ベルトがつくため、それに違和感を覚える人はやはり居るだろう。しかし、このサイズでオリジナルのプロポーションを保ったまま現出した時計は、おそらく史上初であろう。最初は違和感かもしれないがむしろ見慣れてくると、腕時計のプロポーションというものは、そもそもこういうものだったかもしれない、とすら思わせる。今現在ドレスウォッチのベルト幅(ラグ幅)は1819mm前後というのが一般的であるが、標準は22mmのこの程度が一般的、という全く別の世界もあり得たのではないか。そこまで考えさせられたのがこの時計である。

ディテールに話を移す。

文字盤上のインデックスがフラットなことは、30年代のパテックを良く知る人ならニヤッとするだろう。驚くべきはミニッツインデックスだ。パテックも含め通常はカボションで、文法的にはほぼこれしかないのであるが、なんとこれは円柱形状である。結果的に砲弾型のインデックスもミニッツインデックスもダイヤル面は全てフラットとなった。こういったディテールは完全に好き嫌いの領域であるが、「スチールの塊」を表現したかったという同氏の思惑はこのようなディテールに現れている。

筋目仕上げの文字盤もそのスチール感を出すための手段と捉えることができ、実に一貫性がある。インダイヤルは一段落ち込み仕上げも異なっている。光の加減によって、文字盤とインダイヤルのコントラストが強くも弱くもなる、印象的な仕上げだ。その周りのレールウェイトラックはド定番で、これは逆にそれ以外が思い浮かばない。

ドーフィンハンドはどうだ、ものすごい肉厚で滑らかにポリッシュされている。稜線はやや甘く、てろっとしており、ミニッツハンドは当然のように先を文字盤側に曲げてある。極めつけはスモールセコンドハンドであろう。オールドパテックをよく見てきたコレクターにとって、まさに理想の形なのではないか。90年代までのパテックにはほぼすべてこれに近いものが使われていたが、2000年代に入って高いクオリティの物はグラコン以上にしか用いられなくなってしまった。失われたパテックの誇りはスモールセコンドハンドのクオリティに顕著であるが、このスチール製の超立体針は往年のパテックを圧倒的に凌駕する出来だ。掛け値なしに素晴らしい。

ベゼルは96のアイコンであり、その幅は実際は太いが違和感はまるでない。完璧なブラックポリッシュで、その存在はステルスとすら言えるものだ。

ベゼル内側からスッと立ち上がった風防はサファイヤクリスタルだ。このクオリティにダメ出しをするマニアはまず居ないだろう。

竜頭について、形状はこれ以外あり得ないし、大きさもベストだ。オールドパテックに慣れ親しんだ人にはやや大きめに感じるかもしれないが、時計全体のプロポーションは完璧である。

そしてなんと言ってもケースの仕上げ。全てあり得ない次元のブラックポリッシュ。面は完璧で一切のダレはない。形状や面・稜線などが完璧でない限り、このようなブラックポリッシュを施そうとすると怖いはずだ。完全な形状でなければ、それは歪みを助長する。このオールブラックポリッシュのケースは、周りの全てを歪みなく映し出す。黒い場所に置けばそれは黒い塊だ。こんな時計はこれまで見たことが無い。周りの環境を全て歪みなく映し出すこのようなケースは、正直この世のモノとは思えない次元である。

このポリッシュは、もう一人の独立時計師である中川氏によるものだ。長い時間をかけて、オールハンドで磨いてある。彼の仕事はインスタグラムにもあげており、海外からも非常に評価が高いためぜひフォローして確認してみてほしい。(アカウント:t_nakagawa_)彼も時計制作に長く携わっており、最近まで某独立時計師のもとで働いていたがついに独立。今後は菊池氏とともにタッグを組む計画もある(二人は時計の趣味趣向も似通っている)ようで、ますます目が離せないではないか。

さてここにあげた写真は、ブツ撮りのプロが撮影しているため質感は良く出ているものの、本当に魅力を写真で伝え辛い時計であることは事実だ。だからこのように文章化しようと四苦八苦しているわけであるが、写真も文章も、この時計の吸い込まれるような魅力の半分も表現できていない。

ところで、これまで一切機械について言及していないことに気が付いた。これは由緒正しいAPの、良く調整されたVZSSである。それ以上の説明は、この文章を読んでいるような読み手には不要であろう。

 

残念ながらこの時計は既に売れている。間もなくオーダーされた幸福なオーナーのコレクションボックスに収まることとなるが、その次なる時計は未だCADの状態である。

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こちらのデザインが刺さりまくるマニアは絶対に多いはずだ。製作はこれからなのでいましばらく月日がかかるが、興味があればぜひ菊池氏に直接アポイントを取ることをお勧めする。以下のWebに制作過程が載っている。

http://chronometre.jp

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2018年3月24日 (土)

BASEL2018

今年のBASELをみて思ったことをつらつらと。BASELを気にするようになって多分20年くらい。約20年前といえばZenithのレインボーフライバックが当時欲しくて、その白黒バージョンが出たとかJLCのマスターシリーズに黒干支グラスバックが追加されたりとかそんな頃か。

で今年。時代は本当に変わった。

一番鮮烈だったのはSeiko。去年のGS独立から1年、そろそろ本命投入かと思っていたらやはりVFAが来た。VFAを復活させるという話は前々から耳にしてはいたものの、タイミングやモデルまでは分からなかったが、Ptのみのここまでの限定商法とは恐れ入った。昨年のGSファースト復刻で、Ptモデルのみ彫り文字ロゴを与えたパターン。限定商法が完全にスイスナイズされてきている。そのような展開や売り方は洗練された印象を与えるが、これまでの愚直感・実直感からは離れて来ており、そこを叩く人は出てくるだろう。しかし2002年ごろの「製品は変わらずただ値上げ」のゼニスよりはよっぽどマシである。当時のナタフは「すでに製品を持っている人にとっても、その価値が上がることはいいことだろう」みたいなことを抜かしていた。従来の実直かつ比較的安価に買えた層にとっても、悪いことではないのかもしれない。

ただ一点笑っちゃったのが文字盤の彫り。せっかくSEIKO取ってスッキリしたと思ったけど、どうしてもGSは連呼したいのね。あと第二精工舎のマークはどうよ。意味したいことはわかるけれども。

でGSだけに止まらないのが今年のセイコー。SBEX007はリークのあった通りだけどSBDX019の出来を思い出しても遜色ないどころか凌駕するようなものになっていそうな感じプンプン。予約合戦も初日早々に決着がついてしまっているようですね。あとはSBBN040にもヤラレタ。042は余興的なものか。それと昨年に続いて現代デザイン版を併売するけど、まあこれはどうしてもやらないといけないんだろうねえ。あと評判の良いプレサージュも勢いが良いし製品自体もいいに決まっている。これらの新製品ラインナップの充実度、話題、出来、どれをとってもスイス老舗メゾンに肩を並べつつある。セイコーは間違いなく成功する(シャレでなく)。株価はトランプショックにひきづられて下がったけれども、ね。

パテックはどうだろう。もう出すもの全て売れるポジションになっちゃったから路線変えずに出せばいいんじゃね、的な。正直あまり興味ない。

ベルロス。もともと良いけどさらに良くなっているのでは。もともと航空時計マニアがデザインに拘って立ち上げた会社だから、その製品デザインはそりゃオタクには刺さる。特にオリジナリティが加わったBR-01/03の成功は当然(一時期所有していた)と思うし、それ以降、その派生のさせ方もまたオタク心をくすぐる。うまい。

ブライトリングは昔から興味なかったんだけど、なんか今年のは気合入っていて良いんじゃないかね。

タグホイヤー。もう何が以前のと違うのか全くわからん。興味ないのに書くのも失礼なので。

さて普通はトップに書かれるであろうロレックス。商売が本当にうまい。製品も魅力的で心底感心する。過去のモデルを決して貶めることなく、むしろ過去のモデルの良さを再認識できるような、でも最新が最良、のモデルを出して来る。脱帽したのはペプシGMTをTUDORとともに出して来たところ。ROLEXに手が届かない人は、多分TUDOR買うだろこれ。グループ企業としてなんとガバナンスが効いていることか。CEOは不定期に変わっていく(当たり前)なのに、この一貫性は一体なんなんだ。これは数多のメーカーも全く歯が立たない。だからこそ今の地位にあるんだロレックスは。軸をブラさず、過去の製品をリスペクトし、大胆な変革も辞さない。でも根底にあるのは同じ。まるで100年同じ経営陣が経営しているようではないか!

で次はロンジンですよ。ここずっと復刻路線で当たっているのは自身の膨大なアーカイブ中に名作が事欠かないからであり、今年はついにフツーのミリタリーウォッチを復刻させたわけだけど、なんと経年変化済み(ウェザリング済みとでも言おうか)の文字盤を出して来た。ケースが既にダメージドといえば昨年のオリスのパイロットウォッチを思い出すけど、それが文字盤に逝っちゃった。これはある線を踏み越えていると思ったので、エポックメイキングだとツイッターにも書いた。この質感は実物を見てぜひ確かめたいと思うけど、写真で見る限りいい雰囲気で、欲しいと思わせるものがある。これが新品で手に入り、この路線が拡大していくとするならば、褐色時計に抵抗感が薄れてセコンドハンド市場も価格上昇していく可能性すらある。あと、この時計がすごいのは、経年変化してもどれが初期状態か殆ど分からず、ダメージ受けても価格が下がりにくいんじゃないかとか、今まで考えもしなかったことに想像が巡っていくのだ。なんかすごいと思いませんか。

オメガ。シーマスの復刻は良い。特にスモセコの方。だけどそろそろ飽きられてくるかもしれない。それなりの程度のオリジナルが買えるのに、それよりも全然高い値段出して復刻買うってのもどうなんだろうねえ。オリジナルが異常に高い値段になっちゃっているモデル以外で復刻商法はそろそろ行き詰まってくるかも。ただオメガもロンジン同様恐ろしくたくさんの引き出しがあるから、今後もいい線ついてくるかもしれないな。

スウォッチはあとブレゲとブランパン、GOか。正直あまり見てないしパッと目を引くモデルはなかった印象。

あとはショパール、ゼニス、ブルガリ、エルメス、ラクロア、AHCIその他って感じか。ここも省くとして、要するに書きたかったことはセイコーとロンジンとロレックス。あと上にあげた中で勢い予約しちゃったものがあるんだけど、それは何でしょう。

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2017年12月14日 (木)

単なるエッセイ「老成化するコレクションと原石」

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コレクターには様々なタイプがある。もちろん趣味は人それぞれで、似通った傾向は有っても完全に同様なコレクターというものはあり得ないし、そこに個性や拘りが如実に出るから面白い。売り買いを続けるコレクターもいるし、私のように(数は少ないが)ほとんど手放さず、一方的に増殖を続けるコレクターもいる。
 
タイトルのように「老成する」コレクションというものは、一般には売り買いによってしか成立しないと捉えられるであろう。しかし一方で、私はコレクションをほとんど手放すことが無かったにも係らず、なんとなくコレクションが老成してきたと感じるのだがそれはなぜか。それは周りの環境が勝手に変化した結果、なぜか老成してきたなと感じる訳である。うがった見方をすれば、少しは先見の明があった、すなわち世間の評価や市場価値が後からついてきた、ということも言えよう。たとえばE168について、私が煽った部分は多少あるにせよ、偶然も含めて(偶然ではなく必然、いや宿命とすら思っているが)手に入れた価格は2本とも今では信じられないほどの価格であったし、そのときもまさかこんなことになるとは露程も思っていなかったのである。いま思えば、それは当時まだ原石であった。
 
そのような知られざる銘品などというものが今後発見され、市場で価値が改めて見直されるという事象は、もう殆ど打ち止めだ。もし全世界で組織的に、逸品とされるモデルを煽れば、市場価格を多少吊り上げることができるようなものもまだあるかもしれないが(1)、既に高価格となっているものが今後も上がり続けることはあっても、それらのようにこれから発見されて数倍数十倍に高騰するような時計、すなわち原石は、もうすでに殆ど発掘されつくしている。それが機械式時計を取り巻く現在の市場環境であり、それが可能であったのは、せいぜいいまから1015年ほど前までであろう。ここで高騰したといっている時計は3417, 3700, E1685402, オリジナルギーゼなどをイメージしてもらいたい。富豪以外にとって、今やほとんど買えなくなってしまったものばかりだ。それ以外にも30T2RGVZ260入りBEBAとか145E399やポラリスなどもこの範疇だろう。
 
いま思えば、当時はそのような楽しみがあった。そのため、常に知識を向上しつつ、また世界中のオタクたちとnetあるいはリアルで交流しつつ、世界中で売られている時計をネット上でつぶさに見ることで、これがキそうだ、というモデルを見極めることは当時まだ可能であったし、それらがどこの店で売られていたりオークションに出ているか、どの程度の価格がついているかなどは定期的に巡回して把握していたものであった。

しかし今や、そのような楽しみはおおかた失われていると感じる。知識は専門誌やWebなどで以前ほど労せずに手に入ることと引き換えに、市場は開拓されつくしており、前述したとおりこれからスターになる原石など、もはや殆ど存在しないのである。知識欲旺盛なコレクターでも、今は既に評価がある程度定まったものを、欲しければ時価で買うしか殆ど道はない。殆ど誰も手が出ない、伝説付きのロレやパテック以外、爆上げなどもはやあり得ないのである。
 
裏を返せば、本当に良いモノは正当と思しき評価を既に市場から受けており、それなりの価格で取引される状況がここ数年はずっと続いている。しかも新品の価格が上がっているため、中古市場もそれに引きずられるかのように上昇し続けている。まあある意味健全と言えば健全であるが、以前のような面白さは消えつつある。故に、最近この道に入った人たちは少しかわいそうだとも思う。
そうなればコレクターの行動はどこに向かうのか。まだラストリゾートを探し求める旅を続けるのか。私にはわからない。
 
爆上げの原石など、市場にほとんど残っていないと書いたが、ひょっとするとひょっとするかもしれないジャンルは○○かもしれない。そんな思いが昨今の私のコレクションに現れている。最後の要は想い入れである。
 
振出しに戻ると、原石は市場によって勝手に磨かれてスターとなり、そのような星たちを含む私のコレクションは、いわば時間とともに(2)、入れ替わらずとも老成したと感じる、これはそんなエントリなのであった。
 
(1) なお組織だって爆上げに成功した例は、ホイヤーのアレとかですな
(2) 時間をかけたコレクションか否かは、見る人が見れば絶対にすぐわかってしまうのである。恐ろしいのである。

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2017年10月 1日 (日)

Jaeger LeCoultre Tribute To Geophysic 1958

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この時計についてまだ書いてなかったことにようやく気が付いた。True SecondおよびUniversal TimeGeophysicラインとして登場した時に少し文句を書いたので、もう済んだ気になっていたのかも。

 

さて何とも微妙なこの時計、どこから書くべきか悩むがまずはその出自から。Tribute ToとはもちろんオリジナルジオフィジックRef.E168のトリビュートであり、近年出色の復刻時計を多く世に出してきたJLCによる、TT Reversoなどと同様オリジナルよりもややケースサイズを拡大しての復刻版である。ポラリス系などはオリジナルもそれなりのサイズだったので、サイズその他の見直しなども殆ど無く、ほぼオリジナルに忠実な復刻であったものだが、レベルソの復刻などは軒並みサイズアップが図られている。これは現代で使う現代の時計としてどうか、という視点でサイズが見直されているものと捉えている。

 

しかるに、35mm径であったオリジナルは、現在ではいささか小さいとの判断がなされた模様であり38.5mmとなっている。今年話題となったグランドセイコーファーストは、オリジナル35mmに対し復刻38mmと、ほぼこの辺りがトレンドと言えよう。

この復刻にあったってマニア間で一番物議をかもしたのが、これが自動巻きであることだろう。それではGeomaticではないかという意見も尤もである。Geophysicは手巻きとしか考えられず、私もそこは疑問であったが、JLCが現在生産できる手巻きの機械は角形の822と、さらに小さい846等しかなく、自動巻きになったのは背に腹は代えられない、という理由だけだと思う。最近では976というAutotoractor(既に懐かしい響きもする)の975系から自動巻き機構を取っ払った手巻き機械が、グランドレベルソに載った例もあったのだが、おそらくこれはスモセコ輪列なので採用されなかっただけだろう。出車にする労力すらかけてもらえなかったのか。それも少し寂しい気がする。

 

希望を言えば、古の449/450系のような手巻きの機械を新規に起こすのが最善手と思われるが、残念ながらそのような手立てはとられず、きわめてイージーに899系の最新機械である898を搭載している。まあ見目醜悪な976等の機械よりは良かったのかもしれないが、これは判断に迷うところだ。出車にすればアピアランスもだいぶ変わったかもしれないが。

 

積まれている8981970年代には存在していたCal.900から改良を加えられてきた機械であり、889/2899に替わった際に、フリースプラング化および自動巻きの片巻化がなされている。889系は高級機、975系は質実剛健、というのが975が出てきた時のなんとなくの棲み分けだったと思うが、後者は特に最近なんとなく見捨てられている感じがする。975系が世に出て15年程度経った今となっては、当時の設計上の結論として、”フリスプ化は良い”ということと”自動巻きはスイッチングロッカーよりも片方向が高効率(セラミックボールベアリングを得たことも関係)”ということが言えていたと思う。この波がほどなくして889系にも及び899となったとき、JLCの高級化志向と相まって、まるでロレックスの3130系のような分厚く質実剛健である975系は、時代のあだ花となってしまったのではなかろうか。

 

なんか機械に関する事実と類推だけで長くなってしまった。出自から書くつもりだったのでいったん方向修正する。

トリビュート花盛りなJLC界隈であったが、ポラリスをやりだしたころにJLCは、今となっては黒歴史的である特別なマスコンEtxreme L.A.B.Geophysicの名を冠した時計を作り、それを装着した探検隊を北極に向かわせたり、E168Geophysicの公開オークションをやったりと、なんとなくE168を復刻させる機運は高まっていたと思う。やがてそれは本当になる。2014年初頭のSIHHにおいて、選ばれた有力リテーラーにのみ、これを復刻させる情報を流したりしつつ、そのようなリテーラーや関係者の反応を見ながらこのプロジェクトが進められていったようだ。そして2014年の11月頃、ようやく市販されたのがこれであった。一番ポピュラーなE168デザインはPtケースが与えられ、いわゆるCross Hairと呼ばれるデザインが、PGSSモデルに与えられた。文字盤に”Chronometer”は謳えず、代わりにE168には表記されなかったペットネームがついに12時位置下に与えられた。そしてオリジナルよりわずかに生産本数を絞った限定として売り出したおかげで、比較的早い段階で市場からは無くなったと記憶している。同じような機能で899を積む通常のマスターコントロールよりも1.5倍くらい高い値段だったため、この時計を購入したのはほぼ私のようなマニアであろう。私にとってこれをコレクションの一員に迎え入れるのは、義務感に近かったのだ。

 

さてデザインは基本的にE168を復刻したものであるが、オリジナルE1682本所有するものとしては、気になる部分が多いのも事実だ。もちろん見た目は一回りデカいCross HairE168である。パーツで従来のマスターコントロールなどと共通のものは中の機械くらいで、殆どが新造であることが価格増の主な理由であろう。

 

ディテールを見てみる。細かいところから書き始めるが、まず何と言っても見返しの夜光ドット。これこそがE168の大きな特徴だ。ところが実際のE168で夜光ドットが全周12個フルで残っている個体は稀で、おそらくケース洗浄などの際に剥がれ落ちてしまっているものが大半である。復刻できっちりと再現されているのは当然だが嬉しいものだ。

 

針はE168で最も多いダガーと良く言われるイプを再現している。形状はほぼオリジナルに近く、また得意の経年により若干変色した夜光で雰囲気を出している。セコンドハンドもほぼこんな感じだ。

またこれも細かい部分であるが、竜頭は相当いい感じで再現されている。何の刻印も無いのだが、オリジナルの形状に極めてバランスが近く、ここは拘りを感じる部分だ。

 

ダイヤルの雰囲気、特にマットな白塗装は、Duometreあたりから採用し続けているざらついたものが更にこなれてきた感じで、このE168的な雰囲気が再現できるようになったことも、今回の復刻に繋がったのではないかと考えている。デザインについての意見は有ろうが、まあ悪くない。できればJLのマークは要らないと思うけど、”CHRONOMETRE”と書けない今、”GEOPHYSIC”で埋めるのは納得感がある。また初期案では6時側に”AUTOMATIC”とも書いてあったようであるが、流石に評判悪かったのか製品版に改められた。(現に自動巻きが入っているものの)AUTOMATIC標記のあるGEOPHYSICなど考えられず、これは正しい方向である。

 

特徴的な非常に細長いインデックス。これも雰囲気良く再現されているが、文字盤での不満は十分なボンベ形状となっていない点である。オリジナルE168は、ボンベ形状の軟鉄製文字盤と、同じく軟鉄製のシールドで機械をスッポリと包み込むような構造で耐磁性能を発揮している。しかしここは十分に再現されているとは言い難い。もう一つの難点はサファイヤ風防の形状で、オリジナルは文字盤同様ポッコリとしているが、復刻はいささかフラット気味である。結果として文字盤、風防が醸し出す雰囲気はかなり現代的であり、あえてそうしたのかはわからないが個人的にはもう少し古典に倣ってほしかったと思う。

 

さてそれらを包み込むケースであるが、特にラグの雰囲気がオリジナルと異なる感じがする。オリジナルはもっと直方体っぽい形状であるのに対し、復刻は現代的、かつ今の目で見てバランスの良い、先端がより細く垂れ下っている形状である。ケース全体は今の技術で作られているため面も稜線もかっちりとしており、クオリティは高い。またケースバックには伝説的なGlobeが彫り込まれており、完全にプレーンなオリジナルとは大きく異なるが、このGlobeE168の時にデザインされたものなのでこれは気に入っている。当然スクリューバックである。

 

今回のSSの生産数は800本とのことであり、そのような文言が彫られているものの、シリアルナンバーは無い。これは800本の価値はどの個体も等しく、シリアルナンバーによる価値の違いを生じさせないためのものだと聞いた。これに関して特に拘りはない。フーンという感じである。

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新造されたバックルは出色の出来。ただし時計本体が大きくなったおかげで、バックルのサイズは18mmである。18-16mmとまでは言わないがせめて19-16mm、ケースサイズも37mm程度であればグッと”Geophysic感”が出たと思うが、そこは少し残念なところである。

とはいえノンデイトの耐磁三針という時計は、JLCの現行丸型ではおそらくこの時計しかない。複数の時計を使い分けるマニアにとって、デイトが無いというのは楽だし、耐磁性能を持つ防水時計なので、結局これは非常に使い勝手の良い時計である。しかしデイト無し耐磁防水というごく当たり前の時計が、なかなか今の市場で見受けられないのはどういうことだ。

そういったことで非常に使い易い時計のはずだが、限定であるということが少しだけ普段使いを躊躇させるし、いざ使うとき、898の針合わせは相変わらず秒針が針飛びするしでトータルで見るとそんなに稼働していないのが実情である。

 

今回Cross Hairデザインの復刻を入手したため、Geophysicの名を持つ時計は3本となった。トリオで所有するとコレクションとしてバランスも良いと感じており、結局JLCマニアとしてそれを所有するすることの満足感は高く、今のところ手放す予定はないのである。昨日も終日使っていたが、既に老眼気味の私にも時間は読み取りやすいし精確だし、極めてアンダーステートメントだしで、こだわりのある時計にもかかわらずニッチな線をよく突いた上で上手くまとめている。

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改めて考えてみれば、見やすく正確で耐磁・防水のE168は完全なる”実用時計”であった。そしてこの復刻も使ってみれば、現代の実用時計としてあらゆる面で十二分に完成されていることがわかる。オリジナルと微妙な違いもあるものの、その精神はそれなりに消化しつつ昇華されたものだと結論づけることにしよう。

*写真はインスタにもあげてるヤツを転用しています。よろしければフォローください。

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2017年9月16日 (土)

Royal Oak "5402ST"

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人間が作った工業製品や工芸品の収集を趣味とする場合、それに関わった人たちの想いや、それが生み出された時代の背景、それが世に出るまでの歴史や伝統、発明や革新、その他あらゆることについて調べ、周辺知識を習得し、さらに推理や想像力を働かせることによって様々なことが結びつき、体系的な知識となっていく。その結果、趣味はより深みを増して楽しいものとなり、さらに深淵に嵌っていく。だからこそ、単に収集するだけのようにみえる”時計”は、趣味として成り立つ。

どんな時計でもこのような楽しみはある。なかでもこのオリジナルジャンボほどこのような楽しみを引き出す懐が広い時計は、めったに無いと思う。

 

前置きはさておき、早速ゴタクを並べることにする。

まずJLCでは920と番号がつけられた、筆舌に尽くしがたいこの機械について。私はTZの古いアーカイヴであるWald Odets氏のこれ

http://www.timezone.com/2002/10/03/the-most-exclusive-automatic-the-vacheron-caliber-1120/

をもう15年くらい前に見て、とにかく圧倒されたのを覚えている。

次の課題は、この機械を積むどの時計を入手するかであり、その代表の一つがロイヤルオークジャンボであることは異論無かろう。機械の素晴らしさについてはこの記事が全てを物語っているので私が語っても無意味と判断し、機械的な視点を離れ、ここからはロイヤルオークという時計について論ずる。一方で、特に初代ロイヤルオークに関するアーカイヴはクロノス誌に広田氏による詳細かつ素晴らしい記事があり(32号、37号)、さらにTZのここ

http://www.timezone.com/2002/09/24/making-a-case-for-the-royal-oak-part-1/

や、これまでのアーカイヴをまとめたうえさらに追補してあるmstanga氏による決定版

https://issuu.com/mstanga/stacks/87da5007ac9943428933700e8dcaf400 *

に詳細な記述があるため、私が書くようなことはほとんど残っていないとすら思えるが、あえてこれだけは書きたい。当時のロイヤルオーク5402STの価格は、他の時計から見れば突出していた。3200CHF(mstanga氏のアーカイヴでは3650CHF)である。

TZの記事には、当時のRolexサブが280スイスフラン程度と書いてある。これはちょっと安すぎる気もするが、mstanga氏のアーカイヴによると、当時のイタリアではサブの三倍以上、IWCのインヂュニアと比べれば四倍以上の価格だったとあり、やはりロイヤルオークの価格の異常さがよく分かる。それほど当時のSUS材(まだ304だった)の高精度加工にはコストがかかったということだろう。

SUSとはクロムを10.5%以上含有する鋼のことであり、もし一度でもSUS材をバイトで削ったことがあれば、材料の粘り気と硬さを実感しているはずだ。大量の切削油を供給しても加工部はかなり高温になり構成刃先も出来やすく、加工も工具のメンテナンスも、普通の鋼材あるいは真鍮を切削するよりも神経を使う。こんなことがSUS材の加工におけるコスト増の要因となる。

5402のケースそのものは、粗々の形にバスンと打ち抜いた後に、面とエッジを整えるというごく普通の工程をとっている。エッジやCのとり方を注意深く見ると、マスプロダクト的な均一さと、手作業での加工による手作り感のギリギリの線を感じることが出来る。現物を手に取ってみないとなかなか伝わり難いと思うものの、このギリギリの線が、この時計を工業製品として成立させているし、またそれこそが魅力であると感じる。ケースサイドからラグに至るCの面は、ラグに向けて幅が広くなるデザインであり、人の手でヤスっていると思われる。限られた職人が熟練の手作業を繰り返すことで、製品は品質が安定するものであり、工業製品として成立する。このケースを見てそんな当たり前のことを思うとともに、脳裏には当時の職人の作業風景がイメージされてくる。

タペストリー文字盤は製造当時、実際にエンジンターンドされていたようだ。それにラッカーでブルーグレーに塗られた後に、ロゴのタンポ印刷とインデックス/APロゴの取り付けが行われている。このインデックスと針はバスタブデザインなどと言われているもので、デザインのキモの一つである。WG製の針はとても立体的で良くできている。最早全く光らないが、インデックスも針も、バスタブに満たされているのは夜光である。

さてこの6時位置APロゴのCROmstanga氏によるとCロットの最終シリアルに近い一群は12時位置APで、それ以外は6時位置だそうだ。私の時計はかなり後ろのほうのシリアルであるが6時位置APロゴで、SWISS表記である。後半の、とあるシリアルNo.でAPロゴの位置が明確に切り替わるのか、ある程度混ざっているのかは定かではない。

なお5年ほど前までは、おそらくPuristS創設者のトーマス・マオ氏が書いた投稿が元ネタだと思うが、シリーズ(ロット)は無印が最初で、そのあとA,B,C,Dまであるとされていた。しかしながらその後mstanga氏を中心に研究が進み、5402STAロットから始まったことが正式にわかった。なお無印は5402SA”であり、これと混同したのではないか、と結論付けている。今はネット上で多くの5402のケースバックの写真を見ることができ、私も同意見だ。

さて外装の話に戻る。

デイトの表示窓は、文字盤外周に近く位置し、オリジナルは白地に黒数字の表記である。特に数字の4,7が特徴的なフォントであり、これで簡単にデイトリングがオリジナルかリプレースかが判断できる。なお4100STのフォントも同様であり、最初期型の数字はさらにこれにヒゲのようなわずかな装飾がみられる。

デイトリングと文字盤デイト窓のクリアランスは驚くほど小さく、まるで張り付いているようにも見える。針と文字盤、風防のクリアランスも同様である。ここが間延びしていると決定的にチープに見えるが、ここまで詰めると逆に高級感が著しく増す。こういったディテールがもたらす印象の積み重ねが、その時計の高級感に結びつくのである。高級時計を標榜するのなら、ディテール全てにわたって絶対に手が抜けないのだ。このオリジナルロイヤルオークジャンボは高級時計として完全に筋が通っており、これをキッチリと製品として実現させるところが、APを雲上と言わせしめているのだ。

ベゼルとケース本体の間には黒いゴム部品が見える。このゴムは複雑な形状をしており、ベゼルの八本のビス廻りまでカバーしている。この八本のビスにより、ゴムパーツをベゼルとケースで挟み込んでいるのがロイヤルオークのケースの基本的な構造であり、これで防水性を確保している。なおロイヤルオークの「薄い防水」スポーツウォッチの設計思想は、VC222の複雑なケース構造などにも影響を与えていると想像する。

リューズはAPロゴのないオリジナルだ。ここはのちのAPロゴ付き(14802以降?)のものにリプレースされている個体も多く見かける。素人でも簡単に見分けられるので、もしオリジナルに近い個体を探すなら、こことデイトリングのフォントは要確認だ。

ブレスはGay Frères製である。クラスプにはAUDEMARS PIGUET刻印のものとこの個体のようにAPだけ刻印のものと二種類あり、前者が前期型、APのみが後期型である。どちらも同社製。なおジェンタのオリジナル設計図にはクラスプに「AP」と書かれており、設計に忠実なのは何故か後期型のようである。

そしてこの5402のブレスは、のちに復刻したリファレンス15202と比べてだいぶ薄い。グラスバックの15202とソリッドバックの5402を比べると後者のケースの方が約1mm薄く、実に7mmが実測値だ。よってブレスもケースの厚さに合わせ、バランスが取られている。15202はケースもブレスの厚くなっているので、5402と装着感はまるで別物だ。ソリッドバックでケースが薄いということが、特に私のような細腕の持ち主にとっては装着感に決定的な影響をもたらす。

なお15202と5402ではブレスとケースバックのみが異なるのではなく、ケース形状そのものも異なっている。比較すればサイドの形状などは目視でもわかるだろう。しかし違いはごくわずかだ。

入手にあたり15202も検討対象ではあったが、試着するとラグ前後が明らかに腕から浮いてしまい、私にとって常用は無理と判断していた。15202のケースバックの僅か1mmの差により、装着すると時計全体が手首の面から浮き上がり、スワリが非常に悪くなる。一方5402は良好だ。時計の直径が全く同じであるにもかかわらず、特にケースバックの厚さというのは、装着感に大きな差をもたらすということを実感した。重心も手首中心から離れるので、実際に使った感じは顕著な差となるであろう。夏場の汗による張り付きなどもグラスバックの欠点と言えるが、私の場合、この時計は装着の可否にまで影響していたのである。なお4100STもスチールバックで、装着感はすこぶる良好だ。

 

さて改めて機械について。それはもちろんオートマティックの最高峰の一つ、2121である。興味があれば前述のWald Odets氏のアーカイヴをよく読んで欲しい。私がクドクドと説明するまでもなく、その素晴らしさに打ちのめされるであろう。地板のペルラージュの美しさと言ったら!

ちなみにJLCの[920]はよく聞くキャリバーナンバーだが、JLC銘がローターにある写真は前述の

https://issuu.com/mstanga/stacks/87da5007ac9943428933700e8dcaf400 

で私は初めて見た。現物がいったいどこにあるのか、大変興味がそそられるものの、時計として世に出て、実際に見ることが出来るものは、1120(1121)や2120(2121)、28-255としてVCAPPP銘で現存するのみである。

この機械について、世に出ている噂で多いのは、繊細で気難しく壊れやすいというようなデマに近いものであろう。確かに薄いのでオーバーホールは時計師にとって気を遣うであろうが、ちゃんと整備されていれば普通の使い方で十分に巻き上がるし、精度は優秀なうえ実際に壊れたことも無く、普段使いに何の問題もない。ローターはセンター軸のみで保持しないので、特にローター周りはむしろ1072/2072よりも問題が少ないと聞く。そうでなければ未だに現役の機械としてAPVCQPのベースなどに使うわけはないであろう。

 

さてロイヤルオークはこれからどこに向かうのか。APではRO40周年として素晴らしい復刻版15202を今現在レギュラーモデルとしてラインナップし、ジャンボにとって今後行くべき到達点はもはやなくなってしまったかに思える。しかし、このオリジナルジャンボはジェンタ氏が既にこの世にいない今、年を経るごとにさらに伝説化していくであろう。

5402STの製造本数は、AからDシリーズまで多めに見積もって5000本程度と、Legendaryな時計の中では比較的多いので、探せば出会えるだろうし、世界中を見渡せば今も市場に存在する。ただし価格は明確に上昇傾向であり、徐々にオークションピースの様相を呈してきた。手元に欲しいなら早期の入手をお勧めする。

 

最後に使い道である。時計マニア的な行動パターンからみると、ブレスの防水時計なので真夏に多い時計フェアにつけていくのはうってつけだし、Vintage系でも現行中心でもGTGは両方とも対応可能と、もうあらゆる意味で万能である。カッコよくてこれほどの薀蓄を語れる、こんな時計は他に無い。特に私の個体はフルオリジナルでBox&Papersも含むフルセットである。次代に受け継ぐためにも、一時の所有を許された責任を果たしていきたい。

 

*mstanga氏のアーカイブは、初期にはissuu.comで誰でも読めたが、書籍化して通販する方式に改まっている。私は同氏から複数の書籍を購入した。

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2017年9月13日 (水)

SEIKO SBDX019 復刻ファーストダイバー “62MAS”

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もう最近はJLCマニアではなくセイコーマニア化している拙者レベルソ好きであるが、性懲りも無くまたまたセイコーネタである。昨年あたりからセイコーダイバーに嵌り出したところで今回の復刻のニュース、さらに某筋から「出来がものすごくいい」という情報も有り、買うかどうするか最後まで迷いに迷っていたところ、超絶コレクターT師より「買わずに後悔するよりも買って後悔すべし」との金言が。完全に背中を押されてポチッたブツが予定通り発売日にやってきた。

ここのところのセイコーの動きについては、特にGSを中心にいろいろあり、全体的に見ればいい方向に行っていると思うなかで、この復刻62MASの出来はどうだ。実に素晴らしいではないか。この時計を作った人たちは、セイコー内でGSを手がけている人たちよりも数段マニア度が高いことが、この復刻の出来を見れば一目瞭然である。その時計を見れば、作り手のレベルや意図が手に取るように分かる、これこそが時計趣味の一つの醍醐味なのだ。

特に素晴らしいのは、(わずか0.1mmだけど)40mmを切るサイズで復刻させたという英断である。GSファーストはオリジナルの35mmより3.5mmも太って復刻されたが、一般的にダイバーはデカい時計が多いなかでどれだけ肥大化するかと思ったらオリジナルの37mmに対して39.9mmですよ39.9mm。で厚さは14.1mmとこれも極めて常識的。

さて細かいディテールを未定稿ではなく見ていこう。

今作でも特に良くできているのがダイヤルと風防であろうことは、おそらく大方のユーザで意見の一致をみるのではないか。特に細かい筋目が入ったグレイダイヤルは、光の入り方で印象を大きく変える表情豊かなもの。プロスペックスのラインで復刻しているにもかかわらず、例のXマークなども一切なく納得のディテール。WATER 200 PROOFとしなかった理由は良く分からないが、BOYなど最近の文法に収めたのかな。インデックスや針などはかなりオリジナルに忠実に再現されており、全体的に大きくなっているもののそれぞれのパーツの大きさ・太さ・長さなどがバランス良く、非常によくまとまっていると思う。大きくなったことによる違和感は全くない。

もう一つのアピールポイントである風防。最近はポッコリプラ風防をサファイヤで再現するというのが、最近の時計業界全体でだいぶこなれてきて(中国産とかの質も良くなっているようで)おり、よく目にする。特にこの風防の出来は出色。プラ風防のポッコリ系は、斜でダイヤルを見たときのダイヤル周辺の歪んだ見え方そのものが魅力であり、これが完璧に再現されている。余談だが、今年オメガで出した復刻レイルマスターの風防も、サファイヤにもかかわらずこの「斜で見た時の歪みの味」が明らかにチューニングされていて、非常にいい感じだったけどそれに比肩すると思う。こういうディテールは本当にわかっている人がやらないと形だけマネしたりするだけで、真の味にはなり難いんだけど、ここは拘りもってやっている感がヒシヒシと伝わってきて素晴らしい。ダイヤルと風防だけでごはん三杯はイケるぞ。

そしてSSのケースも、Vintage感あふれる作りなのである。ラグも含めて一様にポッコリとRのついた面は、まさに挽き物という味わいを醸し出していて、その円周方向についたバイト痕、この仕上げしかこの時計には似合わないぞ(たぶんバイト痕そのものではなく、筋目で再現していると思われるけど)。

ケースバックは例のうすーいエッチングでイルカマーク有り。もともとこの年代のセイコーはこうなのだから、あえて小細工していないのは良いと思う。なおシリアルはそれなりのキリ番。

復刻62MASで特徴的なのは、初期ダイバーらしい実に細いベゼル。この繊細さも良いバランスで復刻されてる。ベゼルのカリカリの捜査官もとい操作感も好ましい。

竜頭については、おそらく操作性を優先して若干厚くしているものの、ロゴは古のSEIKOを再現しておりこれもなかなか良い。

最後にストラップ。最近のSEIKOダイバーのシリコンストラップは押しなべて装着感が気持ち良く、このワッフルというかクルドパリ模様を再現したシリコンストラップも非常に良い出来。付属のブレスは全く使っていないけど、こちらは少し安っぽい感があるね。シリコンに力入れすぎたかな。

機械は8L35で、9Sの廉価版とよく言われるけど、8L35は特にダイバー用にチューニングされた高トルク機で、搭載するならこれしかないという機械。4Rとかだったら悲しいけどこの価格帯なら8L搭載は当然か。

 

ということでこのエントリ、もう少し辛口な部分もあってもいいかと思うけど実際ほぼ褒めるところしかないというのが今回の復刻62MASである。なおMASautoMAtic Selfdaterだね。
値段についてはいろいろ言われているみたいだけど、このクオリティにしてみればむしろ安いぐらいだ。その証拠に国内500本はあっという間に捌けたようで、現在は若干のプレミアつきで売買されているみたい。こんな製品は最近のセイコーではかなり珍しいのではないか。

ということで、グランドセイコーファースト復刻も含めてセイコーの復刻製品は極めて好調を維持している。次作ダイバーも実に楽しみだ。

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2017年9月10日 (日)

【苦言】P478BWSbrの写真

私のWebsiteのこのページにあるGeophysicの機械ですが、「トキノタワゴト」表記をわざわざ消した写真

O0601040013307926249
がWeb上に存在するようです。誰がこういうことをするんですかねえ。
使うにしても加工はやめていただきたいし、事前に連絡してもらいたいものです。使うなとは言いませんから。
で何度も書きますが、著作権は放棄していません。

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2017年9月 9日 (土)

GRAND SEIKO First “3180”

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今年のBASELで、グランドセイコーファースト復刻が華々しくアナウンスされた。そしてその直後、ホンモノのファーストが手元に来た。例によって広島方面から来た確かな品であり、所謂彫文字の初期型、大御所曰く61年の24月頃の個体、とのことである。なお大御所とはもちろんBQ師であり、LOW BEATでの3180に関する記事も記憶に新しい。きわめて多くの個体を取り扱った同師の記事だけあって、様々な物証や歴史的側面から事実を解き明かした内容は唯一無二であり、ファーストの全体像のみならず個々の違いにもフォーカスを当てているので、興味のある人はこれを読めば3180に関する追求は終わってしまう。よって本エントリは、単なる時計好きの一ユーザとして、これまでの経験や知識を踏まえた個人的側面からこの時計を捉えたものとしたい。

とはいっても最初は一般的なことも少し記述する(ヲイヲイ)。1960年、それまでの最高級品であったロードマーベルを超える時計を当時のセイコーが生み出したのがまさにこのファーストであり、セイコーの前に初めて“グランド”の名が冠された。(命名の経緯などはLow BEAT記事を参照。)多くは14kの金張りケース*を持ち、文字盤は基本的にSDダイヤルであるが、ADダイヤルも存在する。

さて以前Sロードマーベルについてはこのエントリに書いた。3180は明らかにこの時計の正常進化版といえるので、話はまたここからスタートさせることにする。

Sロードマーベルは、特に彫文字のロゴを持つSDダイヤルが魅力だ。そして当時のスイス製高級時計と同じような、ゆるやかにラウンドした文字盤、先端がカーブし、適正な長さを持つドーフィンハンド、ポッコリしたプラ風防など、手巻き三針の基本を押さえたバランスのいいデザインを持つ。

ここで時代を俯瞰してみよう。JLCがお気に入りな私にとって1958年と言えば、Geophysicが世に出た年として重要である。そのころPatekの手巻きは12-40027SCで、VCJLCエボーシュの449/450系を主体として時計を作っており、IWC89の時代である。もう少し以前の30年代後半、Patek96にて三針時計の基本的デザインが確立したのち、20年程度経過したこの時代はラグ形状や文字盤、ベゼルなど様々なデザイン上のバリエーションが広がりつつ、どのメーカーも基本的なデザインの時計は抑えていた、そんな時代である。

かたやセイコーは、スイス勢をお手本にベーシックな本中三針手巻き時計を作った。それは諏訪で言えばクラウン、マーベルの系譜と言えよう。同時代の国産時計を俯瞰すると、デザイン上あるいは機能上のバリエーションを増やすほどの余裕はあまり感じられず、未だに基本的デザインを持つ三針時計の高級化・高精度化に傾注していたと思われる。

さてこのグランドファーストのケース形状は、ロードマーベルに比べるとやや無骨になり、裏蓋には初めて獅子のメダルが配された。裏蓋はポコ蓋だが外周にOリングの入る防水構造である。またダイヤルはSDが基本であり、初期は彫文字版とこれも初期型ロードマーベルの特徴を取り入れている。3180が出たのちのロードマーベルは彫文字ではなくプリントになったことに鑑みると、最高級品は彫文字、という暗黙知は当時存在したのだろう。しかしそのファーストも、ほどなくして彫文字から浮き出しロゴとなる。一方で今年復刻したファーストにおいて、彫文字はプラチナモデルのみで再現されており、その制作には手間がかかることをセイコーも公言している。私が彫文字の3180に拘ったのは、そんなことも理由である。

さて文字盤の色はアイボリーぽいもので、これもオリジナルのSロードマーベルと雰囲気は非常に近い。SDダイヤルなのでインデックスは14金または18金である。Sロードのインデックス形状は世代によって微妙にマイナーチェンジしていったが、グランドセイコーファーストでは、モデル全体を通してほぼ不変である。ドーフィンの針の形状もSロードと殆ど同じ。では何が変わったのか。大きく変わったのは、その機械の大きさである。3180とはまさにこの機械のことを言う。

とはいえ機械は外径が大きくなった(25.6mm27.6mm)にもかかわらず、輪洌配置も含めそのブリッジのデザインは殆ど変わっていない。手堅い設計をしているとも言える。ここで機械のアピアランス、すなわちデザインや仕上げについて言及すると、正直、当時のスイス製の雲上高級機と比肩できるレベルには残念ながら至っていない。

さて当時の国内マーケットにおける高級な時計とは何か、を考えてみよう。もちろんセイコーからの答えは、初めて”グランド”の名を冠したセイコーで間違いない。

その当時、ユーザに訴求した時計のランクを差別化できる分かりやすい因子は、文字盤に直接書いてあるのでこれは非常に分かりやすい。それは耐震装置と石数、それに精度だ。故にグランドセイコーファーストの文字盤には、誇らしげに”Chronometer Diashock 25Jewels さらに最高級品質文字盤の証であるSDマークが存在するのだ。多石化については一般的に、香箱真に石が入った後は、どんどん伏石が増えていく。そして3180はほぼ手巻きの限界である25石となっている。これは文句なく高級と言えるだろう。

一方で、機械の意匠や仕上げなどは時計師しか見られない部分については前述した通りであり、これが3180が3180たる理由の一つとして挙げられるだろう。審美性はほどほどで、実用性および精度に振っているのである。

ここで精度の話に言及する。当時の3180はクロノメーターを謳う為、歩度証明書付きで販売されていた。時計師によって定められた基準値以内とするために相当追い込んだ調整がなされており、実際に精度も高かったようだ。さらに同社は良く知られる天文台クロノメーター試験への挑戦も始めるなど、この時期セイコーは高精度であることをアイデンティティーに成長を期していることを伺わせる。しかし、間もなくクロノメーターを文字盤に謳うことが叶わなくなったことは、精度の追及手段としてクオーツに向かうことになった小さな要因だったのかも、と想像している。

ロードマーベルのエントリでも書いた通り、グランドファーストはやはり高級な実用時計であり、真の高級時計である雲上三大とはやはり出自が異なる。スペックや性能は遜色ないが、最も異なるのは機械の審美性に尽きるだろう。

その当時でファーストがこういう時計であるという事実は、国内マーケットの成熟度とも明確に呼応する。戦後の経済成長期における高級な時計とは、管理職以上のサラリーマンの高級実用時計であり、欧州のエスタブリッシュメントが手にする雲上とは、やはり世界が違っていたのだ。そして何よりも、歴史に裏付けられた時計文化そのもののスケールが日本と欧州では決定的に異なっていたである。そして欧州と日本の違いを含む歴史的・文化的・風土的な背景の中における、グランドセイコーに対する当時のセイコーの意識が、なんと今のGSにまで脈々と続いているのだから歴史とは恐ろしい。

 

セイコーホールディングスはこの2017BaselGSをセイコーと切り離し、新たなブランドとして独立させるということを選んだ。基本的には納得できる戦略であると感じている。これまでの国内時計業界のブランド戦略は、それこそ欧州列強とは天と地ほどの差があったのであるが、セイコーは明らかにブランドを育てるという意味・意義を知りつつあり、ブランドを育てる具体的な手法も今後はこれまでと違ったものになっていくだろう。GSは国内ではそれなりの名声があるが、欧州では全く無名に近いという正しい認識をセイコーは持っている。直接CEOから聴いたのだから間違いない。これは朗報である。

ただし、だ。ブランディングには製品のレベルがイメージに追いついていることが必要不可欠である。セイコーは、今のGSは既に最高の製品の一つであるという認識がまだまだ強すぎると思う。自信を持つのは良いが、私に言わせればまだ70点だ。グラスバックにして積極的に機械を見せていけるような製品になるには、まだまだ時間がかかると思うし、それどころか機械の見た目に課題があると認識しているのかも怪しい。でもそれができたときこそが、高級実用時計から真の高級時計へ変貌が出来たときであり、ブランドが確立してくる時だと思っている。正直今の機械は審美性が乏しすぎる。さらに苦言を呈するならば、文字盤側の味についてももう少し考えてもらいたいことがある。一例をあげると、バキバキのエッジでピカピカにポリッシュした面を持つばかりが最良のインデックスではないのだ。それを知るには雲上の三針と何が違うのかを、実際に使ってみて実感しないといけない。雲上などのレベルの高い時計を、GSに係る社員がどれだけ使っているか、キモはここである。自社製品を使っているだけでは、決して目は肥えないのだ。

最後は3180の話から大きく飛躍してしまったが、今後のセイコーを期待を込めてウォッチしていきたい。

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*なおケースはPtSSも存在し、様々な与太話があるが真実はごく限られた人が知るのみである。私の断片的知識すら開陳すると色々と残念なことになる可能性もあるのでここに書かない。

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