« 要望叶わず >> APによる旧製品のメンテナンスについて | トップページ | セイコーの新製品 »

2020年2月 4日 (火)

1972年

Img_0058

 この年は時計業界において重要な年であった。それは後年「ラグジュリースポーツ」という一大カテゴリを築くことになるその礎、ロイヤルオークが発表されたからだ。ただし「ラグジュアリースポーツ」などというカテゴリは21世紀になって形成されてきたものであり、その当時の立ち位置は現在と異なるものであったことは想像に難くない。なにせロイヤルオークのような時計は、それまで存在しなかったのだから。

 ここで1960年代後半の時計業界を俯瞰してみよう。新しいテクノロジーを用いた機械式より正確な時計が模索されており、クロノメーターコンテストは消滅の危機にあった。β21とクオーツアストロンの競争はセイコーが一歩先んじてクオーツウォッチを市場投入し、機械式時計は徐々に駆逐されていく運命をなんとなく業界全体が感じ始めていたと想像している。そのなかで特にヒエラルキーの上位に位置していたAP,PP,VCはハイエンドで展開していかざるを得ない。むしろここはクオーツに浸食されない可能性が残っていた。

 60年代に機械は手巻きからほぼ自動巻きにスイッチしていたし、「高級」の代名詞は「薄型」へとシフトしていた。そのなかで69年に現出したJLCの920は、まさに高級機械式腕時計にうってつけであった。手巻きの機械も同時に薄型化し、215や9Pなどが世に出ていたのである。特にハイエンドの機械式時計は、複雑モデル以外の多くが薄型2針または3針で、革ストラップが主流ではあったものの60年代後半からラグ無し、メッシュブレスがロウ付けされたモデルも多数ラインアップされることになる。

 時代考証という観点では、時計というプロダクトは特に高級になればなるほど現存しており、数十年程度さかのぼるのは容易い。そこで本エントリのタイトルである1972年を迎えるにあたり、1971年以前に製造されたもののラインアップを想像してみれば、当時どのような業界だったか容易に想像できるのである。すなわちヒエラルキーのトップランクで市場に展開していたものは、薄型2針・3針がメインであった。

 ここで突然出現したのがロイヤルオークである。スチールなのに他のゴールド製薄型に比肩するプライスを引っ提げての登場。ただし特徴的なのはこのロイヤルオークも7mmと、当時の薄型時計と比べて全くそん色ないレベルの薄さであった。すなわち薄さイコール高級だったのだ。ブレスも今の基準では明らかに薄いが、本体とバランスの取れたものであった。本体と一体化したブレスのデザインは、今でこそ当たり前かもしれないが、当時はまさしく画期的であっただろう。そしてこのロイヤルオークは、これまで書いてきたような時代背景を踏まえると、私には「ラグ無しメッシュブレスの一連のゴールド製2針」の延長線上に見えるのだ。

 カテゴライズなど無意味であることは百も承知ながらあえて書くと、初代ロイヤルオークは、スポーツウォッチではなく、(やや日常に寄った)ドレスウォッチである、と断言できる。そもそもJLC920入りの薄型時計でスポーツするなど考えられない。ただしデイト付きなのは日常使用を想定している。想定されるロイヤルオークのオーナーは、当然のように他にも時計を持つ。そのなかのノンデイトドレス2針(Golden Ellipseなどをイメージしている)は、普段は止まっており、ディナータイムやカクテルタイムにぜんまいを少し巻いて適当に時間を合わせて使う。なにせインデックスも5分刻み程度が多く、およそ厳密に時間を知ろうなどという意思で着用されるものではない。そしてそれ以外の時間帯はロイヤルオーク、そんな使い方がイメージされるのだ。

 その後に続く3700も222も、オリジナルはペタペタの時計である。これらは薄型自動巻きの名機920が世に出たタイミング・時代背景、そして(222を除き)ジェラルド・ジェンタという稀代の才能が業界にいたからこそ、この世に生み出された時計だ。

 それから50年近くたって異常な人気となることなど、生み出したジェンタ翁は考えもしなかっただろう。ただしこれらの位置づけは当時とかなり異なっており、現在のラインアップはそれをよく反映している。かつてのドレスウォッチとしての出自を隠すようにケース・ブレスとも厚くなり、そして多くの人々が熱狂する時計に育ったのだ。

|

« 要望叶わず >> APによる旧製品のメンテナンスについて | トップページ | セイコーの新製品 »

コメント

亡き父も「時計は薄くて軽くシンプルなのが良い」と生前よく言っていました。
形見のパテックは人気の無いステンレスの3574ですが、驚くほど軽くシンプルな時計で竜頭を回した時のスムーズな動きに驚きました。
正直、ちょっと前や現行製品の厚ぼったい時計は好きになれないですね。
GSももっと薄くならないのかなと。

投稿: 俺ちゃん | 2020年2月19日 (水) 21時05分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 要望叶わず >> APによる旧製品のメンテナンスについて | トップページ | セイコーの新製品 »