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2019年5月14日 (火)

Patek Philippe Golden Ellipse

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「ただのオッサン時計」と永らく思っていた。おそらくこれを読んでいる大多数の皆様もそう思っているはずだ。その存在は知ってはいるものの、何の興味も抱かれない時計。そしてその通り、これは紛うことなきオッサン時計であり、年齢でいえば50代、いや60代以上の紳士しか似つかわしくないと思う。
しかし、ただのオッサン時計として切り捨てていては勿体ない。なぜなら名作の一つとして語られるべきだろうと今は思っているからだ。

確かにこの時計に注目してきた時計マニアは稀な筈で、それなりに名のある他の時計のような研究や詳細な文書などもWeb上では殆ど見かけない。この時計を購入し使ってきた層はおそらく、時計マニア目線をあまり持たないリアル富裕層という印象を持っており、そんな彼らが何かを書いたり残したりするとは考えにくいのである。
そこで今回この時計の系譜について調べ、書き散らすことについては、前例が殆ど無くチャレンジングではあるが少しは意味もあるのではと思い、果敢にもトライしてみるのだ。ただし、仮に出来たとしても、それに対する需要が圧倒的に少ないのは承知のうえである。

Golden Ellipseとはすなわち、黄金率をもつ楕円形の時計という意味である。ケースサイズは32×27mmと、現代では小さな時計だ。あれっこのケースの縦横比は全く黄金比ではないぞ。長短針はそんな感じにも見えるが。文字盤の縦横比でもない。黄金比率を用いたデザインと公式でも言っているものの、どこにどう用いられているのかは具体的には触れられていない。ただし50周年の年次表のバックにヒントは載っている〜極めて精緻に設計されていることが読み取れるだろう。シンプルの極みのデザインである。

ケースの薄さは6mmと極薄であり、ラグありモデルもあるが、ラグ無しの楕円ケースの上下裏側からストラップが生えるこの形が標準的である。そのためストラップ端とケースバックの面がほぼツライチで、かつ薄いため、装着感はもう羽根のように軽く最高の部類である。シャツのカフには何の引っ掛かりもなくスルリと収まる。

バックルは、ケースと完全な対をなす楕円形状である。尾錠幅は14mmだが時計本体が小さいため、一般的な時計本体とバックルの大きさの比と異なり、バックルがずいぶんと大きく感じる。そしてこの形状なためストラップに定革は無く遊革のみとなり、また剣先はボートでも角でもなく丸型で、時計側は小さい切込みが入る特殊な形状となっている。バックルも勿論WG製で、楕円を基調としたトータルで纏まりのあるデザインだ。風防は最近のエントリに書いた通りフラットなものであり、ストラップに繋がる形状が特殊だという点以外は何の変哲もない楕円ケースである。などといつもの調子でパーツに話が及んできたが、この時計はやはり時代背景を考慮しつつそのパッケージを語りたい。

Golden Ellipseが誕生したのは1968年のクオーツ前夜、60年代後半から70年代は薄型2針のドレスウォッチが多く登場しており、それはPPのみならずVCAPでも例外ではない。自動巻きの薄型機械と言えばJLC920であるが、登場は1969年でありこの時点では現存しておらず、ドレスウォッチがまだ小さめのこの時期、2針ドレスとして新登場したリファレンス3548は銘機23-300を心臓部に据えていた。当時のPPが使える選択肢としては、この機械しかないわけである。なお28-255入りの通称ジャンボエリプス(Ref.3759)ものちに登場する。

この時計によく似た時計はAPなどでも確認され、薄型2針は明らかにこの頃のトレンドであった。またラグ無しでケースに直接ゴールドブレスレットがついている時計は6070年代に良く見られる意匠であり、もちろんエリプスにも展開されていた。ケース形状はこの縦型のものが最もポピュラーではあるものの、横長のモデルや角丸の四角、縦に長い六角モデルなども存在し、ケースが異なる派生モデルも多種存在する。珍品は何と言ってもノーチラスの耳が付いたノーチエリプス(おそらくクオーツのみ)であろう。いずれも小さめの薄いケース、薄手のストラップまたはブレスを持つ手巻きである。

3548は登場から約5年後、23-300から215に機械が変わってリファレンスも3748となり、それが本モデルである。機械は変わったものの外装の変化はごくわずかであり、完全にキープコンセプトであった。その後3848にリファレンスは変化するが、外装上の違いはほぼ見られない。大きな変更があったのは1977年、ついに自動巻きとなり、ケースサイズもここで初めてボリュームアップされた。しかしプロポーションは不変であり、ソリッドバックの薄型2針でここも完全なるキープコンセプトである。この時点で針の先端は尖らせず、インデックスと合わせて角形に切られるようになっている。このリファレンス37382000年代まで生き残るがついに2008年、5738となってもう一回り大きくなる。しかしそれでもキープコンセプト、この頑なな姿勢は、近年のパテック社ではあまり見られなくなったものである。(ただし5738YG/青文字盤は姿を消しており、青文字盤はPTのみ)
なぜ頑ななのか。それは、最初のゴールデンエリプスがあまりにシンプルかつ完成され過ぎていて、逆に何もできなかったということが理由なのではないか。すなわち、これこそがパッケージングの勝利なのだ。ここが本稿で最も言いたかったことである。

何年経っても変えようがないプロポーション、変えようがない時計。色や材質すら殆ど変わっておらずコンセプトを継続している、いやせざるを得ない時計が、ゴールデンエリプスなのである。

肥大化した96である現行の5196は、明らかに針のクオリティなどが3796時代よりも落ちたままであるが、エリプスに於いては、凡そ全てのパーツのクオリティが、1968年のモデルからほぼ落ちずにキープされてきた。こんな時計はPP社の中でおそらくエリプスのみであろう。実際に2010年頃のパテックの時計の中で、最もパーツのクオリティが高くキープされ、バランスがとれていたリファレンスは3738/100であったと思う。シンプルすぎて完成されていたため、それを再生産せざるを得ないほどの時計はなかなか無い。稀有な時計であることは間違いなく、冒頭に書いたように「名作」だと思うに至った理由はそんなところにある。

この時計はデザイン及びパッケージが凡そ全てなのであるが、一応各パーツについても述べておく。ケースはWGでベゼル以外はサテン仕上げ部分が多い。仕上げは手馴れており勿論クオリティも極めて高いものだ。ダイヤルはハイライトの一つで、パテックブルー(アーカイブはサンバーストコバルトブルーと表記)と呼ばれている。文字盤下部のσ表記はゴールド文字盤の証であり、コバルトを用いてブルーが得られたと言われているが詳細はWeb上では確認することは出来ず、おそらくPatek社内に留まっているものと想像される。顔料の一種であるアルミン酸コバルトを用いるのか、ガラスに解けだすコバルトガラスを用いたのかは定かではないが、この深みのあるブルーこそがエリプスの大きな魅力であることは疑いが無い。

繊細なインデックスはWG製であり、それぞれ2本の足でしっかりとダイヤルに固定されている。表面・側面は鏡面に磨かれており、正確に取り付けられている。アプライドインデックスは、12本の表面が全てツライチに設置されていることが重要であり、その点も完璧で工作精度および組立の正確さがよく伝わってくる。また特徴的な形状のケースの、見返し部分と文字盤のチリも完璧である。ケースの厚さによく合った小さな竜頭はカラトラバ十字入りのもの。毎日巻くような大きさではなく、フォーマルなシーンでその時だけ巻いて簡単に時間を合わせて使う、そんな使い方が似合うと思う。そのためにはミニッツインデックスもない2針が相応しいのである。さてその針。時分針ともごく細いバーハンドで、先端は僅かに尖っている。袴と針をよく見ると往年のパテッククオリティそのもので極めて立体的。全てのパーツはシンプルであるが、そのクオリティおよび立てつけが完璧なため、全くスキが無く、高級時計そのもののたたずまいだ。

これを読んでいたら、だんだん欲しくなるとまでは行かなくても、少なくとも手に取って見てみたいと思うようになってくれたのではないか。でも実物見ても反応が極めて薄いのは良くわかっているので、まあ好きな人が楽しめばいいのである。あ、時計とはそもそもそんなものか。

市場に70年代のタマが多いのは事実で、この頃特に人気が高く、良く売れたのは事実と思う。70年代の終わりには65種類以上もラインアップされていたと、50周年のプレスにある。懐中時計やカフリンクスなど周辺展開も余念がなく、Ellipse dOrは確かに存在感があったと思う。時代に合わせて最もスタンダードな2針は大きくなっていくものの、それ以降も継続的に製品はリリースされており、”カラトラバの次に長い歴史を誇るシリーズ”は伊達ではない。(3,4年でシリースに見切りをつけるどこかのブランドとは全く違う。それこそがパテックの真髄であろう。)

最後にリファレンス表を載せる。例によって大変調べるのに難儀した(しかも需要もないが、これだけのものは他にないと自負する)。

この表を作るために暫くGolden Ellipseの画像を大量かつ、つぶさに見続けたのであるが、50年分もあるので主だったもののリファレンスしか頭には入っていない。しかし37483848を表の画像だけで見分けることが出来るようになったのは、大したものなのでは、と我ながら思う。そして今、このデザインを生み出した設計者は天才に違いないと確信するに至った。これは工業製品にありながら芸術の域だ。

Golden Ellipse References Ver.2.5

ダウンロード - gents.pdf

ダウンロード - ladies.pdf

ダウンロード - non_oval.pdf

見やすい方法がないか試行錯誤しましたが、結局DL方式にしました。

 

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