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2019年4月27日 (土)

単結晶サファイヤの話

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時計用風防がプラスティックから単結晶サファイヤに置き換わり始めたのは、凡そ1970年頃からである。当時のサファイヤガラスは、分厚い単結晶に育てるためには時間と大きな設備が必要であり、現実的な製品として、最初に時計用の風防に用いられたものは薄くフラットなものであった。一方で、この時期は腕時計業界にとってどのような時期かというと、

・クオーツ腕時計が出現したのち急速にコストダウンが進み、大量生産が出来るようになった
・機械式腕時計にとっては大きな打撃となり、製造数が大きく落ち込んでいく
・特に高級な腕時計は薄型化が進んだ

薄型化の流れの中で、単結晶サファイヤは薄くても強度があるため、高級腕時計にこぞって風防として採用され始めた。しかしまだ単価が高く、高級なものにしか採用できなかったとも言えるだろう。この時期に世に出た代表的な薄型腕時計として、ロイヤルオークやゴールデンイリプスなどがあり、それらは設計時から、いずれもサファイヤガラスの採用を前提としていると思われる。すなわち厚さが6~7mmクラスの薄くフラットな時計である。

薄型イコール高級、しかも風防はフラット。この条件を前提としてデザインされた高級時計にとっては、フラットな中にどうやって高級感や立体感を出していくかが課題であり、高度な次元で課題を解決されたものが今も名品として残っているのは、衆目の一致するところであろう。

なお1990年代以降、EFG法の発明・発展によって、時計用の分厚いサファイヤガラスが現実のものになっていく。国内サプライヤーとしては主にセイコーに供給している二光光学などがある。そして2010年代後半に入ってから、ようやくボックス形状のサファイヤクリスタルが一般的になってきた。これは2010年前後から始まった復刻時計ブームと微妙にリンクしており、オリジナルではプラスティック風防だったものが復刻版でサファイヤに置き換わることがようやく出来てきている。特にここ2~3年で一気に採用が進んだ裏には、顧客ニーズに対応する柔軟性向上と納期の早期化、均質化、低価格化などの波が確実にあり、技術上のブレイクスルーがあったのかもしれない。

風防という時計の単なる一つのパーツだけ取ってみても、工業的な時代背景と密接に結びついており、それらは時計を考察するバックボーンとして重要な情報である。

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2019年4月12日 (金)

APのCODE 11.59

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APCODE11.59を見てきた。写真では伝わりづらいと多くの人々が言っているが、ほぼ写真で見た通りであまり新鮮な驚きというものは無かったのが正直なところ。特に確認したかった、二つの変数を持つ面構成の風防の印象はほぼ写真から想像した通りであった。斜で見たガラスの「グルグル」は、ド近眼の私のメガネのようでもあり、かつ「表と裏の曲率のあっていない古のサファイヤ」の歪みを彷彿とさせ、どうしても私にとっては安っぽく見えてしまった。狙ってやったかのような解説ではあったものの、私にはマイナスポイントに映った。むしろ「クリスタルはその複雑な面形状に完全に追随した一定の厚さを備えているため、斜で見ても一切歪みが無い」ほうが、よほど高級感を醸し出したのではないだろうか。

針は古のAPの一つの型と言えるバトン。ただしアワーとミニッツの太さまで変えたのは古に範をとらないディテールと言えるが、もう少し差を分かりにくくした方が好み。インデックスの数字も、ある年代のAPに見られるフォントであり違和感はないが、私はあまり好きなタイプではない。

何重にも重ねて塗ったラッカーを研ぎだしてあるダイヤル面は非常に平滑(見たのは黒と濃紺)で、とろけるような質感を出しており楽しめるポイントだ。ただその厚さが災いしてデイト窓が深く感じ、かつファセットや枠もつけていないため、デイトリングの黒の梨地と超平滑なダイヤル面との対比が思った以上に印象に残ってしまい、私は残念な点だと感じた。これはデイトを単純に無くしてしまえば良いだけだと思う。デイト機能を付加したい気持ちは分かるが、ならばいっそ白地にしてしまっても良かったのではないか。

ケース形状はこれまで前例がないほど複雑である。それがどのような効果を生み出していると感じるかは人それぞれの感性によることは当然であるが、肉抜きされたラグの存在が目立ち、サンドイッチされたミドルケースのロイヤルオークオマージュが目立ちにくい。プロジェクションマッピングでも執拗に丸と八角形が強調され洗脳してくるが、それを知らない限りあまり気づけないだろう。とはいえ形状は正確でエッジも立たせるところは綺麗に立っており、稜線の安定感など相当なもので、サテンが多い仕上げも綺麗かつ丁寧だ。ケースは流石の出来であり、この形状のケースをこのクオリティで量産できるということは、素直に凄いことだと思う。切削機を含めた製造プロセスの進歩は物凄い。なおCODE11.59はシリーズ全てで、生産数は年間2,000個までと決めているようだ。今や年産36千個とも言われるAPのなかでは小さな集団と言える。しかし製造本数随分増えたな。

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さて中身について。3120に比べ二回りも大きくなった機械はみっちりと入っていてサイズ比は好印象であるが、8振動化したことで何故かAPとしてのこだわりを捨て去ってしまったかのようにも感じたのがまず最初のポイント。それと今更方式にこだわる時代ではないと思うものの、個人的に高級機はやはりスイッチングロッカーだという固定概念もあり、リバーサーとなった結果より広い面積となったムーブメント全体に対して機械として機構が色々と詰まったようなミッチリ感は無く、見た目的にも少々寂しいムーブメントと感じた。ひょっとするとルノー・エ・パピにとって浜口氏を失ったことは、思った以上に打撃だったのかもしれない。なお機械の仕上げはAPとして並である。勿論凡百のメーカーよりは当然良いが、おそらく最初期ロット故の不安定感(べベル部分の均一性とか)を感じた。おそらくこれは今後向上してくるであろうし、初期またはプロト特有の問題だろう。ただ完全に個人の趣味だがこの機械を見せるくらいなら、ソリッドバックがベターだな。(また言ってる)

マーケティングは相変わらず派手で、それ自体は六本木でパーティーをやっていた10年前と何ら変わることが無いスタンスである。顧客として明らかにそれ系を狙っているのだがその方針は、遠いルブラッシュの熟練職人に想いを馳せ、古いAPも愛でてきた層にはリーチしにくいだろう。メゾンのアーカイブを大事にする姿勢はマイケル・フリードマン(そういや彼に以前会った時、Y師は彼の靴を褒めていたな)を社員にしてしまったことなどからも十分に伝わることなども踏まえると、顧客としてはもうあらゆる方面に触手を伸ばしているような印象であり、そんなところは今も一昔前もあまり変わらず、むしろAPらしいなと思った。

因みにクロノも弄ったところ、ボタンの操作感は現代の時計として平均的。30m防水ながらOリングの存在を感じるやや重めのもの。リセット時のクロノ針のブレは皆無、クロノ針のマスやバランス(細さとデザイン)をよく検討していると思われ老舗としての手堅さを感じた。なおクロノの機械のほうが当然凝縮感があり、ブリッジの形状やコラムホイールの見せ方が非常に現代的。一度でも1185を使ったことのあるメゾンは、自社で内製したクロノムーブメントと言うもののF.ピゲの影響を色濃く感じるねえ。

最後に。CODE11.59は事前のティーザーから絨毯爆撃のように宣伝しまくったので、もし今これをしていたら時計痛もとい時計通の間では「おっ」となると思うけど、なんとなく一発受けに300は厳しいなあと。あと今回は事前のリーク騒動がごく一部で話題だが、まあ新製品のリークで話題になる新型iPhoneのようなものと捉えれば、話題も関心もさらったという点では十分な宣伝効果を得たのではないかな。

ということで、私は買わない(買えない)というだけで特に結論はありません。このあとどう育つのか興味はあります。

 

 

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2019年4月 7日 (日)

コレクションの持続性の話

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またいつものJLC批判である。つまらん記事とは思うがどうしても書きたくなったのであえてアップする。

クロノス82号の記事は多くの特集で読み応えがあり、そのなかで特に共感したのがBovetP.ラフィさんの言葉である。

「私たちがコレクションに盛り込みたいのは、耐久性が高いこと、視認性の高いロジカルなデザインを持つこと、そしてロジカルな機能と、コレクションとしての持続性を持つことです。コレクションは継続しなければならない。それが顧客の信頼と忠誠を得ることになります。」

ああ、この人は作り手の立場でありながら顧客の、いちマニア心を本当に理解しているなと感じた。心配なのは、コレクションのラインを増やしたかと思うと、売れずに消滅させるJLCにその言葉を真に理解する日が来るかどうか、ということである。

コレクションの一貫性や継続性は本当に大事だ。JLCでもマスターやレベルソは、(その過程では紆余曲折あるものの)ある程度一貫性は保っている。しかし過去のイデアルやAMVOXは消滅したし、レベルソの中でもスクアドラはあっさりと消滅した。最近の自動巻ラインも怪しい。IWCも一貫性という観点からは、例えばダ・ヴィンチのラインなどデザインの継続性を一切無視して新シリーズ化したりするし、GSTの系譜もよくわからない感じでアクアタイマーに収斂している気がする。インヂュニアもデザインを過去何度か一気に切り替え、しかも継続性がないなど、各コレクションの持続性は怪しいと思う。

ラフィさんの言葉は、ボヴェの製品を買い、愛でるために大きな安心感を与える。これは買い手の立場に立って物事を考えてみれば容易に想像がつくことだ。

残念な具体例をあげよう。今シーズンで一番衝撃を受けたのは、JLCがジオフィジックのシリーズを早くも捨て去ったことだ。この製品を購入した人はどう思うのか。限定と謳っていたモデルならともかく、スタンダードモデル全てのディスコンであり、後継が全く出ないのである。それは野心を持って売り出したものの、期待したセールスをあげられない不人気なモデルということを会社として認めたということに他ならない。購入者の気持ちを全く考えていないと思われるのだ。(決めたのは同じ82号にインタビューがあったこのCEOなのか。)

それどころか、ジオフィジックというレジェンダリーな名称を使い捨てにしてしまったメーカーの考えの浅はかさには信じられない思いだ。私がとりわけこの名前に執着しているだけかもしれないが、今後JLCがもしこの名前を使いたくなったとしたら、今回の黒歴史を自ら「なかったこと」にするのか、それとも「一定程度の成功を収めたものの、惜しまれつつディスコンにした」などと話を嘘っぽく美化する必要があるはずである。伝説や伝統を極めて重んじ、そしてそれらを宣材に使うのが常套手段のこの業界のなかで、自ら首を絞めることになるのではないか。なお予言しておくと、このままではポラリスも危ない。

もう一度ラフィさんの言葉に戻る。「コレクションは継続しなければならない。それが顧客の信頼と忠誠を得ることになります」この逆を平気でやってしまうのが今の「伝統的なスイス高級メゾン」である。

気がつけばJLCIWCもリシュモングループで、CEOは両方ともいわば雇われ社長だ。求められるのは売り上げの拡大、それはわかる。しかし売り上げが伸びないので伝説を使い捨てにしてもいいという権限を持っているとすれば、その権限を持たせてしまったリシュモントップのジェロームも批判の対象とするべきなのか。一方同じコングロマリットでもランゲは違う。継続性と持続性に長けており、どのモデルを買おうにもほぼ不安がない。究極はロレックスである。おなじペットネームをもつ、より改良された時計を出し続ける。まるでポルシェみたいだ。だから安心して買えるし、いつの時代に買ったものでも価値がある。今の市場の評価も納得であろう。

ブランド戦略には各メゾンで大きな違いがあり、それらは永い目で見れば結果として大きな差が出てくることは間違いない。改良し刷新するべきところはする、しかし伝統的にタッチーなことは慎重に進める必要があるのだなあと、改めて思ったのである。ボヴェは一貫していいものを作ってきている。それにはやはり、このトップの存在が大きいと思う。

 

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