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2017年9月16日 (土)

Royal Oak "5402ST"

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人間が作った工業製品や工芸品の収集を趣味とする場合、それに関わった人たちの想いや、それが生み出された時代の背景、それが世に出るまでの歴史や伝統、発明や革新、その他あらゆることについて調べ、周辺知識を習得し、さらに推理や想像力を働かせることによって様々なことが結びつき、体系的な知識となっていく。その結果、趣味はより深みを増して楽しいものとなり、さらに深淵に嵌っていく。だからこそ、単に収集するだけのようにみえる”時計”は、趣味として成り立つ。

どんな時計でもこのような楽しみはある。なかでもこのオリジナルジャンボほどこのような楽しみを引き出す懐が広い時計は、めったに無いと思う。

 

前置きはさておき、早速ゴタクを並べることにする。

まずJLCでは920と番号がつけられた、筆舌に尽くしがたいこの機械について。私はTZの古いアーカイヴであるWald Odets氏のこれ

http://www.timezone.com/2002/10/03/the-most-exclusive-automatic-the-vacheron-caliber-1120/

をもう15年くらい前に見て、とにかく圧倒されたのを覚えている。

次の課題は、この機械を積むどの時計を入手するかであり、その代表の一つがロイヤルオークジャンボであることは異論無かろう。機械の素晴らしさについてはこの記事が全てを物語っているので私が語っても無意味と判断し、機械的な視点を離れ、ここからはロイヤルオークという時計について論ずる。一方で、特に初代ロイヤルオークに関するアーカイヴはクロノス誌に広田氏による詳細かつ素晴らしい記事があり(32号、37号)、さらにTZのここ

http://www.timezone.com/2002/09/24/making-a-case-for-the-royal-oak-part-1/

や、これまでのアーカイヴをまとめたうえさらに追補してあるmstanga氏による決定版

https://issuu.com/mstanga/stacks/87da5007ac9943428933700e8dcaf400 *

に詳細な記述があるため、私が書くようなことはほとんど残っていないとすら思えるが、あえてこれだけは書きたい。当時のロイヤルオーク5402STの価格は、他の時計から見れば突出していた。3200CHF(mstanga氏のアーカイヴでは3650CHF)である。

TZの記事には、当時のRolexサブが280スイスフラン程度と書いてある。これはちょっと安すぎる気もするが、mstanga氏のアーカイヴによると、当時のイタリアではサブの三倍以上、IWCのインヂュニアと比べれば四倍以上の価格だったとあり、やはりロイヤルオークの価格の異常さがよく分かる。それほど当時のSUS材(まだ304だった)の高精度加工にはコストがかかったということだろう。

SUSとはクロムを10.5%以上含有する鋼のことであり、もし一度でもSUS材をバイトで削ったことがあれば、材料の粘り気と硬さを実感しているはずだ。大量の切削油を供給しても加工部はかなり高温になり構成刃先も出来やすく、加工も工具のメンテナンスも、普通の鋼材あるいは真鍮を切削するよりも神経を使う。こんなことがSUS材の加工におけるコスト増の要因となる。

5402のケースそのものは、粗々の形にバスンと打ち抜いた後に、面とエッジを整えるというごく普通の工程をとっている。エッジやCのとり方を注意深く見ると、マスプロダクト的な均一さと、手作業での加工による手作り感のギリギリの線を感じることが出来る。現物を手に取ってみないとなかなか伝わり難いと思うものの、このギリギリの線が、この時計を工業製品として成立させているし、またそれこそが魅力であると感じる。ケースサイドからラグに至るCの面は、ラグに向けて幅が広くなるデザインであり、人の手でヤスっていると思われる。限られた職人が熟練の手作業を繰り返すことで、製品は品質が安定するものであり、工業製品として成立する。このケースを見てそんな当たり前のことを思うとともに、脳裏には当時の職人の作業風景がイメージされてくる。

タペストリー文字盤は製造当時、実際にエンジンターンドされていたようだ。それにラッカーでブルーグレーに塗られた後に、ロゴのタンポ印刷とインデックス/APロゴの取り付けが行われている。このインデックスと針はバスタブデザインなどと言われているもので、デザインのキモの一つである。WG製の針はとても立体的で良くできている。最早全く光らないが、インデックスも針も、バスタブに満たされているのは夜光である。

さてこの6時位置APロゴのCROmstanga氏によるとCロットの最終シリアルに近い一群は12時位置APで、それ以外は6時位置だそうだ。私の時計はかなり後ろのほうのシリアルであるが6時位置APロゴで、SWISS表記である。後半の、とあるシリアルNo.でAPロゴの位置が明確に切り替わるのか、ある程度混ざっているのかは定かではない。

なお5年ほど前までは、おそらくPuristS創設者のトーマス・マオ氏が書いた投稿が元ネタだと思うが、シリーズ(ロット)は無印が最初で、そのあとA,B,C,Dまであるとされていた。しかしながらその後mstanga氏を中心に研究が進み、5402STAロットから始まったことが正式にわかった。なお無印は5402SA”であり、これと混同したのではないか、と結論付けている。今はネット上で多くの5402のケースバックの写真を見ることができ、私も同意見だ。

さて外装の話に戻る。

デイトの表示窓は、文字盤外周に近く位置し、オリジナルは白地に黒数字の表記である。特に数字の4,7が特徴的なフォントであり、これで簡単にデイトリングがオリジナルかリプレースかが判断できる。なお4100STのフォントも同様であり、最初期型の数字はさらにこれにヒゲのようなわずかな装飾がみられる。

デイトリングと文字盤デイト窓のクリアランスは驚くほど小さく、まるで張り付いているようにも見える。針と文字盤、風防のクリアランスも同様である。ここが間延びしていると決定的にチープに見えるが、ここまで詰めると逆に高級感が著しく増す。こういったディテールがもたらす印象の積み重ねが、その時計の高級感に結びつくのである。高級時計を標榜するのなら、ディテール全てにわたって絶対に手が抜けないのだ。このオリジナルロイヤルオークジャンボは高級時計として完全に筋が通っており、これをキッチリと製品として実現させるところが、APを雲上と言わせしめているのだ。

ベゼルとケース本体の間には黒いゴム部品が見える。このゴムは複雑な形状をしており、ベゼルの八本のビス廻りまでカバーしている。この八本のビスにより、ゴムパーツをベゼルとケースで挟み込んでいるのがロイヤルオークのケースの基本的な構造であり、これで防水性を確保している。なおロイヤルオークの「薄い防水」スポーツウォッチの設計思想は、VC222の複雑なケース構造などにも影響を与えていると想像する。

リューズはAPロゴのないオリジナルだ。ここはのちのAPロゴ付き(14802以降?)のものにリプレースされている個体も多く見かける。素人でも簡単に見分けられるので、もしオリジナルに近い個体を探すなら、こことデイトリングのフォントは要確認だ。

ブレスはGay Frères製である。クラスプにはAUDEMARS PIGUET刻印のものとこの個体のようにAPだけ刻印のものと二種類あり、前者が前期型、APのみが後期型である。どちらも同社製。なおジェンタのオリジナル設計図にはクラスプに「AP」と書かれており、設計に忠実なのは何故か後期型のようである。

そしてこの5402のブレスは、のちに復刻したリファレンス15202と比べてだいぶ薄い。グラスバックの15202とソリッドバックの5402を比べると後者のケースの方が約1mm薄く、実に7mmが実測値だ。よってブレスもケースの厚さに合わせ、バランスが取られている。15202はケースもブレスの厚くなっているので、5402と装着感はまるで別物だ。ソリッドバックでケースが薄いということが、特に私のような細腕の持ち主にとっては装着感に決定的な影響をもたらす。

なお15202と5402ではブレスとケースバックのみが異なるのではなく、ケース形状そのものも異なっている。比較すればサイドの形状などは目視でもわかるだろう。しかし違いはごくわずかだ。

入手にあたり15202も検討対象ではあったが、試着するとラグ前後が明らかに腕から浮いてしまい、私にとって常用は無理と判断していた。15202のケースバックの僅か1mmの差により、装着すると時計全体が手首の面から浮き上がり、スワリが非常に悪くなる。一方5402は良好だ。時計の直径が全く同じであるにもかかわらず、特にケースバックの厚さというのは、装着感に大きな差をもたらすということを実感した。重心も手首中心から離れるので、実際に使った感じは顕著な差となるであろう。夏場の汗による張り付きなどもグラスバックの欠点と言えるが、私の場合、この時計は装着の可否にまで影響していたのである。なお4100STもスチールバックで、装着感はすこぶる良好だ。

 

さて改めて機械について。それはもちろんオートマティックの最高峰の一つ、2121である。興味があれば前述のWald Odets氏のアーカイヴをよく読んで欲しい。私がクドクドと説明するまでもなく、その素晴らしさに打ちのめされるであろう。地板のペルラージュの美しさと言ったら!

ちなみにJLCの[920]はよく聞くキャリバーナンバーだが、JLC銘がローターにある写真は前述の

https://issuu.com/mstanga/stacks/87da5007ac9943428933700e8dcaf400 

で私は初めて見た。現物がいったいどこにあるのか、大変興味がそそられるものの、時計として世に出て、実際に見ることが出来るものは、1120(1121)や2120(2121)、28-255としてVCAPPP銘で現存するのみである。

この機械について、世に出ている噂で多いのは、繊細で気難しく壊れやすいというようなデマに近いものであろう。確かに薄いのでオーバーホールは時計師にとって気を遣うであろうが、ちゃんと整備されていれば普通の使い方で十分に巻き上がるし、精度は優秀なうえ実際に壊れたことも無く、普段使いに何の問題もない。ローターはセンター軸のみで保持しないので、特にローター周りはむしろ1072/2072よりも問題が少ないと聞く。そうでなければ未だに現役の機械としてAPVCQPのベースなどに使うわけはないであろう。

 

さてロイヤルオークはこれからどこに向かうのか。APではRO40周年として素晴らしい復刻版15202を今現在レギュラーモデルとしてラインナップし、ジャンボにとって今後行くべき到達点はもはやなくなってしまったかに思える。しかし、このオリジナルジャンボはジェンタ氏が既にこの世にいない今、年を経るごとにさらに伝説化していくであろう。

5402STの製造本数は、AからDシリーズまで多めに見積もって5000本程度と、Legendaryな時計の中では比較的多いので、探せば出会えるだろうし、世界中を見渡せば今も市場に存在する。ただし価格は明確に上昇傾向であり、徐々にオークションピースの様相を呈してきた。手元に欲しいなら早期の入手をお勧めする。

 

最後に使い道である。時計マニア的な行動パターンからみると、ブレスの防水時計なので真夏に多い時計フェアにつけていくのはうってつけだし、Vintage系でも現行中心でもGTGは両方とも対応可能と、もうあらゆる意味で万能である。カッコよくてこれほどの薀蓄を語れる、こんな時計は他に無い。特に私の個体はフルオリジナルでBox&Papersも含むフルセットである。次代に受け継ぐためにも、一時の所有を許された責任を果たしていきたい。

 

*mstanga氏のアーカイブは、初期にはissuu.comで誰でも読めたが、書籍化して通販する方式に改まっている。私は同氏から複数の書籍を購入した。

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2017年9月13日 (水)

SEIKO SBDX019 復刻ファーストダイバー “62MAS”

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もう最近はJLCマニアではなくセイコーマニア化している拙者レベルソ好きであるが、性懲りも無くまたまたセイコーネタである。昨年あたりからセイコーダイバーに嵌り出したところで今回の復刻のニュース、さらに某筋から「出来がものすごくいい」という情報も有り、買うかどうするか最後まで迷いに迷っていたところ、超絶コレクターT師より「買わずに後悔するよりも買って後悔すべし」との金言が。完全に背中を押されてポチッたブツが予定通り発売日にやってきた。

ここのところのセイコーの動きについては、特にGSを中心にいろいろあり、全体的に見ればいい方向に行っていると思うなかで、この復刻62MASの出来はどうだ。実に素晴らしいではないか。この時計を作った人たちは、セイコー内でGSを手がけている人たちよりも数段マニア度が高いことが、この復刻の出来を見れば一目瞭然である。その時計を見れば、作り手のレベルや意図が手に取るように分かる、これこそが時計趣味の一つの醍醐味なのだ。

特に素晴らしいのは、(わずか0.1mmだけど)40mmを切るサイズで復刻させたという英断である。GSファーストはオリジナルの35mmより3.5mmも太って復刻されたが、一般的にダイバーはデカい時計が多いなかでどれだけ肥大化するかと思ったらオリジナルの37mmに対して39.9mmですよ39.9mm。で厚さは14.1mmとこれも極めて常識的。

さて細かいディテールを未定稿ではなく見ていこう。

今作でも特に良くできているのがダイヤルと風防であろうことは、おそらく大方のユーザで意見の一致をみるのではないか。特に細かい筋目が入ったグレイダイヤルは、光の入り方で印象を大きく変える表情豊かなもの。プロスペックスのラインで復刻しているにもかかわらず、例のXマークなども一切なく納得のディテール。WATER 200 PROOFとしなかった理由は良く分からないが、BOYなど最近の文法に収めたのかな。インデックスや針などはかなりオリジナルに忠実に再現されており、全体的に大きくなっているもののそれぞれのパーツの大きさ・太さ・長さなどがバランス良く、非常によくまとまっていると思う。大きくなったことによる違和感は全くない。

もう一つのアピールポイントである風防。最近はポッコリプラ風防をサファイヤで再現するというのが、最近の時計業界全体でだいぶこなれてきて(中国産とかの質も良くなっているようで)おり、よく目にする。特にこの風防の出来は出色。プラ風防のポッコリ系は、斜でダイヤルを見たときのダイヤル周辺の歪んだ見え方そのものが魅力であり、これが完璧に再現されている。余談だが、今年オメガで出した復刻レイルマスターの風防も、サファイヤにもかかわらずこの「斜で見た時の歪みの味」が明らかにチューニングされていて、非常にいい感じだったけどそれに比肩すると思う。こういうディテールは本当にわかっている人がやらないと形だけマネしたりするだけで、真の味にはなり難いんだけど、ここは拘りもってやっている感がヒシヒシと伝わってきて素晴らしい。ダイヤルと風防だけでごはん三杯はイケるぞ。

そしてSSのケースも、Vintage感あふれる作りなのである。ラグも含めて一様にポッコリとRのついた面は、まさに挽き物という味わいを醸し出していて、その円周方向についたバイト痕、この仕上げしかこの時計には似合わないぞ(たぶんバイト痕そのものではなく、筋目で再現していると思われるけど)。

ケースバックは例のうすーいエッチングでイルカマーク有り。もともとこの年代のセイコーはこうなのだから、あえて小細工していないのは良いと思う。なおシリアルはそれなりのキリ番。

復刻62MASで特徴的なのは、初期ダイバーらしい実に細いベゼル。この繊細さも良いバランスで復刻されてる。ベゼルのカリカリの捜査官もとい操作感も好ましい。

竜頭については、おそらく操作性を優先して若干厚くしているものの、ロゴは古のSEIKOを再現しておりこれもなかなか良い。

最後にストラップ。最近のSEIKOダイバーのシリコンストラップは押しなべて装着感が気持ち良く、このワッフルというかクルドパリ模様を再現したシリコンストラップも非常に良い出来。付属のブレスは全く使っていないけど、こちらは少し安っぽい感があるね。シリコンに力入れすぎたかな。

機械は8L35で、9Sの廉価版とよく言われるけど、8L35は特にダイバー用にチューニングされた高トルク機で、搭載するならこれしかないという機械。4Rとかだったら悲しいけどこの価格帯なら8L搭載は当然か。

 

ということでこのエントリ、もう少し辛口な部分もあってもいいかと思うけど実際ほぼ褒めるところしかないというのが今回の復刻62MASである。なおMASautoMAtic Selfdaterだね。
値段についてはいろいろ言われているみたいだけど、このクオリティにしてみればむしろ安いぐらいだ。その証拠に国内500本はあっという間に捌けたようで、現在は若干のプレミアつきで売買されているみたい。こんな製品は最近のセイコーではかなり珍しいのではないか。

ということで、グランドセイコーファースト復刻も含めてセイコーの復刻製品は極めて好調を維持している。次作ダイバーも実に楽しみだ。

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2017年9月10日 (日)

【苦言】P478BWSbrの写真

私のWebsiteのこのページにあるGeophysicの機械ですが、「トキノタワゴト」表記をわざわざ消した写真

O0601040013307926249
がWeb上に存在するようです。誰がこういうことをするんですかねえ。
使うにしても加工はやめていただきたいし、事前に連絡してもらいたいものです。使うなとは言いませんから。
で何度も書きますが、著作権は放棄していません。

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2017年9月 9日 (土)

GRAND SEIKO First “3180”

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今年のBASELで、グランドセイコーファースト復刻が華々しくアナウンスされた。そしてその直後、ホンモノのファーストが手元に来た。例によって広島方面から来た確かな品であり、所謂彫文字の初期型、大御所曰く61年の24月頃の個体、とのことである。なお大御所とはもちろんBQ師であり、LOW BEATでの3180に関する記事も記憶に新しい。きわめて多くの個体を取り扱った同師の記事だけあって、様々な物証や歴史的側面から事実を解き明かした内容は唯一無二であり、ファーストの全体像のみならず個々の違いにもフォーカスを当てているので、興味のある人はこれを読めば3180に関する追求は終わってしまう。よって本エントリは、単なる時計好きの一ユーザとして、これまでの経験や知識を踏まえた個人的側面からこの時計を捉えたものとしたい。

とはいっても最初は一般的なことも少し記述する(ヲイヲイ)。1960年、それまでの最高級品であったロードマーベルを超える時計を当時のセイコーが生み出したのがまさにこのファーストであり、セイコーの前に初めて“グランド”の名が冠された。(命名の経緯などはLow BEAT記事を参照。)多くは14kの金張りケース*を持ち、文字盤は基本的にSDダイヤルであるが、ADダイヤルも存在する。

さて以前Sロードマーベルについてはこのエントリに書いた。3180は明らかにこの時計の正常進化版といえるので、話はまたここからスタートさせることにする。

Sロードマーベルは、特に彫文字のロゴを持つSDダイヤルが魅力だ。そして当時のスイス製高級時計と同じような、ゆるやかにラウンドした文字盤、先端がカーブし、適正な長さを持つドーフィンハンド、ポッコリしたプラ風防など、手巻き三針の基本を押さえたバランスのいいデザインを持つ。

ここで時代を俯瞰してみよう。JLCがお気に入りな私にとって1958年と言えば、Geophysicが世に出た年として重要である。そのころPatekの手巻きは12-40027SCで、VCJLCエボーシュの449/450系を主体として時計を作っており、IWC89の時代である。もう少し以前の30年代後半、Patek96にて三針時計の基本的デザインが確立したのち、20年程度経過したこの時代はラグ形状や文字盤、ベゼルなど様々なデザイン上のバリエーションが広がりつつ、どのメーカーも基本的なデザインの時計は抑えていた、そんな時代である。

かたやセイコーは、スイス勢をお手本にベーシックな本中三針手巻き時計を作った。それは諏訪で言えばクラウン、マーベルの系譜と言えよう。同時代の国産時計を俯瞰すると、デザイン上あるいは機能上のバリエーションを増やすほどの余裕はあまり感じられず、未だに基本的デザインを持つ三針時計の高級化・高精度化に傾注していたと思われる。

さてこのグランドファーストのケース形状は、ロードマーベルに比べるとやや無骨になり、裏蓋には初めて獅子のメダルが配された。裏蓋はポコ蓋だが外周にOリングの入る防水構造である。またダイヤルはSDが基本であり、初期は彫文字版とこれも初期型ロードマーベルの特徴を取り入れている。3180が出たのちのロードマーベルは彫文字ではなくプリントになったことに鑑みると、最高級品は彫文字、という暗黙知は当時存在したのだろう。しかしそのファーストも、ほどなくして彫文字から浮き出しロゴとなる。一方で今年復刻したファーストにおいて、彫文字はプラチナモデルのみで再現されており、その制作には手間がかかることをセイコーも公言している。私が彫文字の3180に拘ったのは、そんなことも理由である。

さて文字盤の色はアイボリーぽいもので、これもオリジナルのSロードマーベルと雰囲気は非常に近い。SDダイヤルなのでインデックスは14金または18金である。Sロードのインデックス形状は世代によって微妙にマイナーチェンジしていったが、グランドセイコーファーストでは、モデル全体を通してほぼ不変である。ドーフィンの針の形状もSロードと殆ど同じ。では何が変わったのか。大きく変わったのは、その機械の大きさである。3180とはまさにこの機械のことを言う。

とはいえ機械は外径が大きくなった(25.6mm27.6mm)にもかかわらず、輪洌配置も含めそのブリッジのデザインは殆ど変わっていない。手堅い設計をしているとも言える。ここで機械のアピアランス、すなわちデザインや仕上げについて言及すると、正直、当時のスイス製の雲上高級機と比肩できるレベルには残念ながら至っていない。

さて当時の国内マーケットにおける高級な時計とは何か、を考えてみよう。もちろんセイコーからの答えは、初めて”グランド”の名を冠したセイコーで間違いない。

その当時、ユーザに訴求した時計のランクを差別化できる分かりやすい因子は、文字盤に直接書いてあるのでこれは非常に分かりやすい。それは耐震装置と石数、それに精度だ。故にグランドセイコーファーストの文字盤には、誇らしげに”Chronometer Diashock 25Jewels さらに最高級品質文字盤の証であるSDマークが存在するのだ。多石化については一般的に、香箱真に石が入った後は、どんどん伏石が増えていく。そして3180はほぼ手巻きの限界である25石となっている。これは文句なく高級と言えるだろう。

一方で、機械の意匠や仕上げなどは時計師しか見られない部分については前述した通りであり、これが3180が3180たる理由の一つとして挙げられるだろう。審美性はほどほどで、実用性および精度に振っているのである。

ここで精度の話に言及する。当時の3180はクロノメーターを謳う為、歩度証明書付きで販売されていた。時計師によって定められた基準値以内とするために相当追い込んだ調整がなされており、実際に精度も高かったようだ。さらに同社は良く知られる天文台クロノメーター試験への挑戦も始めるなど、この時期セイコーは高精度であることをアイデンティティーに成長を期していることを伺わせる。しかし、間もなくクロノメーターを文字盤に謳うことが叶わなくなったことは、精度の追及手段としてクオーツに向かうことになった小さな要因だったのかも、と想像している。

ロードマーベルのエントリでも書いた通り、グランドファーストはやはり高級な実用時計であり、真の高級時計である雲上三大とはやはり出自が異なる。スペックや性能は遜色ないが、最も異なるのは機械の審美性に尽きるだろう。

その当時でファーストがこういう時計であるという事実は、国内マーケットの成熟度とも明確に呼応する。戦後の経済成長期における高級な時計とは、管理職以上のサラリーマンの高級実用時計であり、欧州のエスタブリッシュメントが手にする雲上とは、やはり世界が違っていたのだ。そして何よりも、歴史に裏付けられた時計文化そのもののスケールが日本と欧州では決定的に異なっていたである。そして欧州と日本の違いを含む歴史的・文化的・風土的な背景の中における、グランドセイコーに対する当時のセイコーの意識が、なんと今のGSにまで脈々と続いているのだから歴史とは恐ろしい。

 

セイコーホールディングスはこの2017BaselGSをセイコーと切り離し、新たなブランドとして独立させるということを選んだ。基本的には納得できる戦略であると感じている。これまでの国内時計業界のブランド戦略は、それこそ欧州列強とは天と地ほどの差があったのであるが、セイコーは明らかにブランドを育てるという意味・意義を知りつつあり、ブランドを育てる具体的な手法も今後はこれまでと違ったものになっていくだろう。GSは国内ではそれなりの名声があるが、欧州では全く無名に近いという正しい認識をセイコーは持っている。直接CEOから聴いたのだから間違いない。これは朗報である。

ただし、だ。ブランディングには製品のレベルがイメージに追いついていることが必要不可欠である。セイコーは、今のGSは既に最高の製品の一つであるという認識がまだまだ強すぎると思う。自信を持つのは良いが、私に言わせればまだ70点だ。グラスバックにして積極的に機械を見せていけるような製品になるには、まだまだ時間がかかると思うし、それどころか機械の見た目に課題があると認識しているのかも怪しい。でもそれができたときこそが、高級実用時計から真の高級時計へ変貌が出来たときであり、ブランドが確立してくる時だと思っている。正直今の機械は審美性が乏しすぎる。さらに苦言を呈するならば、文字盤側の味についてももう少し考えてもらいたいことがある。一例をあげると、バキバキのエッジでピカピカにポリッシュした面を持つばかりが最良のインデックスではないのだ。それを知るには雲上の三針と何が違うのかを、実際に使ってみて実感しないといけない。雲上などのレベルの高い時計を、GSに係る社員がどれだけ使っているか、キモはここである。自社製品を使っているだけでは、決して目は肥えないのだ。

最後は3180の話から大きく飛躍してしまったが、今後のセイコーを期待を込めてウォッチしていきたい。

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*なおケースはPtSSも存在し、様々な与太話があるが真実はごく限られた人が知るのみである。私の断片的知識すら開陳すると色々と残念なことになる可能性もあるのでここに書かない。

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