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2017年9月 9日 (土)

GRAND SEIKO First “3180”

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今年のBASELで、グランドセイコーファースト復刻が華々しくアナウンスされた。そしてその直後、ホンモノのファーストが手元に来た。例によって広島方面から来た確かな品であり、所謂彫文字の初期型、大御所曰く61年の24月頃の個体、とのことである。なお大御所とはもちろんBQ師であり、LOW BEATでの3180に関する記事も記憶に新しい。きわめて多くの個体を取り扱った同師の記事だけあって、様々な物証や歴史的側面から事実を解き明かした内容は唯一無二であり、ファーストの全体像のみならず個々の違いにもフォーカスを当てているので、興味のある人はこれを読めば3180に関する追求は終わってしまう。よって本エントリは、単なる時計好きの一ユーザとして、これまでの経験や知識を踏まえた個人的側面からこの時計を捉えたものとしたい。

とはいっても最初は一般的なことも少し記述する(ヲイヲイ)。1960年、それまでの最高級品であったロードマーベルを超える時計を当時のセイコーが生み出したのがまさにこのファーストであり、セイコーの前に初めて“グランド”の名が冠された。(命名の経緯などはLow BEAT記事を参照。)多くは14kの金張りケース*を持ち、文字盤は基本的にSDダイヤルであるが、ADダイヤルも存在する。

さて以前Sロードマーベルについてはこのエントリに書いた。3180は明らかにこの時計の正常進化版といえるので、話はまたここからスタートさせることにする。

Sロードマーベルは、特に彫文字のロゴを持つSDダイヤルが魅力だ。そして当時のスイス製高級時計と同じような、ゆるやかにラウンドした文字盤、先端がカーブし、適正な長さを持つドーフィンハンド、ポッコリしたプラ風防など、手巻き三針の基本を押さえたバランスのいいデザインを持つ。

ここで時代を俯瞰してみよう。JLCがお気に入りな私にとって1958年と言えば、Geophysicが世に出た年として重要である。そのころPatekの手巻きは12-40027SCで、VCJLCエボーシュの449/450系を主体として時計を作っており、IWC89の時代である。もう少し以前の30年代後半、Patek96にて三針時計の基本的デザインが確立したのち、20年程度経過したこの時代はラグ形状や文字盤、ベゼルなど様々なデザイン上のバリエーションが広がりつつ、どのメーカーも基本的なデザインの時計は抑えていた、そんな時代である。

かたやセイコーは、スイス勢をお手本にベーシックな本中三針手巻き時計を作った。それは諏訪で言えばクラウン、マーベルの系譜と言えよう。同時代の国産時計を俯瞰すると、デザイン上あるいは機能上のバリエーションを増やすほどの余裕はあまり感じられず、未だに基本的デザインを持つ三針時計の高級化・高精度化に傾注していたと思われる。

さてこのグランドファーストのケース形状は、ロードマーベルに比べるとやや無骨になり、裏蓋には初めて獅子のメダルが配された。裏蓋はポコ蓋だが外周にOリングの入る防水構造である。またダイヤルはSDが基本であり、初期は彫文字版とこれも初期型ロードマーベルの特徴を取り入れている。3180が出たのちのロードマーベルは彫文字ではなくプリントになったことに鑑みると、最高級品は彫文字、という暗黙知は当時存在したのだろう。しかしそのファーストも、ほどなくして彫文字から浮き出しロゴとなる。一方で今年復刻したファーストにおいて、彫文字はプラチナモデルのみで再現されており、その制作には手間がかかることをセイコーも公言している。私が彫文字の3180に拘ったのは、そんなことも理由である。

さて文字盤の色はアイボリーぽいもので、これもオリジナルのSロードマーベルと雰囲気は非常に近い。SDダイヤルなのでインデックスは14金または18金である。Sロードのインデックス形状は世代によって微妙にマイナーチェンジしていったが、グランドセイコーファーストでは、モデル全体を通してほぼ不変である。ドーフィンの針の形状もSロードと殆ど同じ。では何が変わったのか。大きく変わったのは、その機械の大きさである。3180とはまさにこの機械のことを言う。

とはいえ機械は外径が大きくなった(25.6mm27.6mm)にもかかわらず、輪洌配置も含めそのブリッジのデザインは殆ど変わっていない。手堅い設計をしているとも言える。ここで機械のアピアランス、すなわちデザインや仕上げについて言及すると、正直、当時のスイス製の雲上高級機と比肩できるレベルには残念ながら至っていない。

さて当時の国内マーケットにおける高級な時計とは何か、を考えてみよう。もちろんセイコーからの答えは、初めて”グランド”の名を冠したセイコーで間違いない。

その当時、ユーザに訴求した時計のランクを差別化できる分かりやすい因子は、文字盤に直接書いてあるのでこれは非常に分かりやすい。それは耐震装置と石数、それに精度だ。故にグランドセイコーファーストの文字盤には、誇らしげに”Chronometer Diashock 25Jewels さらに最高級品質文字盤の証であるSDマークが存在するのだ。多石化については一般的に、香箱真に石が入った後は、どんどん伏石が増えていく。そして3180はほぼ手巻きの限界である25石となっている。これは文句なく高級と言えるだろう。

一方で、機械の意匠や仕上げなどは時計師しか見られない部分については前述した通りであり、これが3180が3180たる理由の一つとして挙げられるだろう。審美性はほどほどで、実用性および精度に振っているのである。

ここで精度の話に言及する。当時の3180はクロノメーターを謳う為、歩度証明書付きで販売されていた。時計師によって定められた基準値以内とするために相当追い込んだ調整がなされており、実際に精度も高かったようだ。さらに同社は良く知られる天文台クロノメーター試験への挑戦も始めるなど、この時期セイコーは高精度であることをアイデンティティーに成長を期していることを伺わせる。しかし、間もなくクロノメーターを文字盤に謳うことが叶わなくなったことは、精度の追及手段としてクオーツに向かうことになった小さな要因だったのかも、と想像している。

ロードマーベルのエントリでも書いた通り、グランドファーストはやはり高級な実用時計であり、真の高級時計である雲上三大とはやはり出自が異なる。スペックや性能は遜色ないが、最も異なるのは機械の審美性に尽きるだろう。

その当時でファーストがこういう時計であるという事実は、国内マーケットの成熟度とも明確に呼応する。戦後の経済成長期における高級な時計とは、管理職以上のサラリーマンの高級実用時計であり、欧州のエスタブリッシュメントが手にする雲上とは、やはり世界が違っていたのだ。そして何よりも、歴史に裏付けられた時計文化そのもののスケールが日本と欧州では決定的に異なっていたである。そして欧州と日本の違いを含む歴史的・文化的・風土的な背景の中における、グランドセイコーに対する当時のセイコーの意識が、なんと今のGSにまで脈々と続いているのだから歴史とは恐ろしい。

 

セイコーホールディングスはこの2017BaselGSをセイコーと切り離し、新たなブランドとして独立させるということを選んだ。基本的には納得できる戦略であると感じている。これまでの国内時計業界のブランド戦略は、それこそ欧州列強とは天と地ほどの差があったのであるが、セイコーは明らかにブランドを育てるという意味・意義を知りつつあり、ブランドを育てる具体的な手法も今後はこれまでと違ったものになっていくだろう。GSは国内ではそれなりの名声があるが、欧州では全く無名に近いという正しい認識をセイコーは持っている。直接CEOから聴いたのだから間違いない。これは朗報である。

ただし、だ。ブランディングには製品のレベルがイメージに追いついていることが必要不可欠である。セイコーは、今のGSは既に最高の製品の一つであるという認識がまだまだ強すぎると思う。自信を持つのは良いが、私に言わせればまだ70点だ。グラスバックにして積極的に機械を見せていけるような製品になるには、まだまだ時間がかかると思うし、それどころか機械の見た目に課題があると認識しているのかも怪しい。でもそれができたときこそが、高級実用時計から真の高級時計へ変貌が出来たときであり、ブランドが確立してくる時だと思っている。正直今の機械は審美性が乏しすぎる。さらに苦言を呈するならば、文字盤側の味についてももう少し考えてもらいたいことがある。一例をあげると、バキバキのエッジでピカピカにポリッシュした面を持つばかりが最良のインデックスではないのだ。それを知るには雲上の三針と何が違うのかを、実際に使ってみて実感しないといけない。雲上などのレベルの高い時計を、GSに係る社員がどれだけ使っているか、キモはここである。自社製品を使っているだけでは、決して目は肥えないのだ。

最後は3180の話から大きく飛躍してしまったが、今後のセイコーを期待を込めてウォッチしていきたい。

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*なおケースはPtSSも存在し、様々な与太話があるが真実はごく限られた人が知るのみである。私の断片的知識すら開陳すると色々と残念なことになる可能性もあるのでここに書かない。

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