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2017年8月18日 (金)

"好き嫌い"と"良し悪し"の話

趣味は基本的に好き嫌いの世界だ。好きならすればよい、嫌いならやらなければよい。
時計のコレクションも趣味として成り立っているように見えるので、この軸で言えば、「好きなら買え」「嫌いなら買うな」で終わりである。
しかしそれでは良し悪しの話に永遠に進まないので、思いつくままにもう少し書き進める。





「好き嫌い」は、ほぼ、その人の感性による。あくまで個人に立脚するので一般化・普遍化できない。強いて言えば「綺麗なもの」「カッコいいもの」が好き、ここまでは言えるかもしれないが、どんなものを綺麗と感じるか、カッコいいと感じるかは、一般論として論じることができない。感性は感情と置き換えることも出来るかもしれない。きわめてファジーなのである。
一方で、「良し悪し」は、それを判断する為に”知識”と”経験”が必要である。言い換えると知識と経験に基づく「知性」である。特に”知識”は、一般化・普遍化・明文化できる。あまりファジーではない。”経験”も、好き嫌いという”感性・感情”ほどファジーではないだろう。

以上を単純化すれば、「好き嫌い」は”感性”、「良し悪し」は”知性”による。このエントリの結論はこれである。

ここでさらに時間軸を与えて考えてみる。
どんな人も、最初にその道に入ってきた時の知識は殆どゼロだ。
もし時計を買おうとする場合に、大多数の人にとっては限りある予算の中で良いもの・好きなもの・似合うもの・使い勝手のいいもの(後者2つもファジーだ)を選びたいだろう。
ここで「似合う・似合わない」という軸も出てきた。似合うか似合わないかは第三者目線も必要だし、自分が日常で着用するかどうかということの延長には「使い勝手」も出てくる。
趣味が高じていくと一般的に多数所有するようになり、その段階ではもはや「似合う似合わない」「使い勝手」もあまり意味をなさなくなる。しかし数が少ない段階では、これらの評価軸は非常に重要だ。尤もコレクションが何本になろうが「似合うか」「使い勝手はどうか」に拘る人もいるわけで、それはもはや好き嫌いの範疇にすら入ってしまうかもしれない。

入門した時点で、意欲的に知識を蓄えようとする人と、そうではない人は時間とともに大きな差が出る。そうではない人は、おそらく趣味には至らない。そしてその知識は、参照したソースやその質によっても、大いに差が出ることは言うまでもない。ここで、以前書いたエントリ「"耳年増"の評価」の内容も大いに関わってくるが、それは世間的な評価と真実は違うんじゃないか、という「知識」の中身について論じただけにすぎないので、ここではまるっと「知識」ということで片付けることにする。

知識と経験が増えると、おそらく良いもの・悪いもの(良いとは言えないもの)が判断できるようになってくるはずだ。かくして知識が増えていくと、すべてを悟ったような気になる時期を迎えるが、それ超えた先では、これまでの時計産業・時計学には恐ろしい膨大な人類の英知が存在していることに気が付くだろう。そのころには、すっかり好み(好き嫌い)も確立しているはずだ。
知識と経験が増える過程において、それらが好き嫌いに影響は与えることはもちろんある。ネガティブな情報によって好きなものの見方が変わってくることは、往々にしてあることだ。

かくして好き嫌いは、知識と経験によって時間とともに先鋭化されていくのである。

最後に、広田さんに言われて気がついた一例をあげる。
私が大好きなJLCのCal.822。最近の時計に入っているのは822A/2という機械だ。後者はフリースプラング化しているのでスピロフィンもチラねじも無し、テンワは2対のミーンタイムスクリューとなった。良し悪しで言えば、おそらく後者のほうが機能上「良い」。JLCはこの機械を約20年かけて進化させたのである。しかし個人的な好みはやはりオリジナルの822。あれが好きなんだからしょうがない。これこそが感情であり感性なのだ。



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