2019年5月14日 (火)

Patek Philippe Golden Ellipse

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「ただのオッサン時計」と永らく思っていた。おそらくこれを読んでいる大多数の皆様もそう思っているはずだ。その存在は知ってはいるものの、何の興味も抱かれない時計。そしてその通り、これは紛うことなきオッサン時計であり、年齢でいえば50代、いや60代以上の紳士しか似つかわしくないと思う。
しかし、ただのオッサン時計として切り捨てていては勿体ない。なぜなら名作の一つとして語られるべきだろうと今は思っているからだ。

確かにこの時計に注目してきた時計マニアは稀な筈で、それなりに名のある他の時計のような研究や詳細な文書などもWeb上では殆ど見かけない。この時計を購入し使ってきた層はおそらく、時計マニア目線をあまり持たないリアル富裕層という印象を持っており、そんな彼らが何かを書いたり残したりするとは考えにくいのである。
そこで今回この時計の系譜について調べ、書き散らすことについては、前例が殆ど無くチャレンジングではあるが少しは意味もあるのではと思い、果敢にもトライしてみるのだ。ただし、仮に出来たとしても、それに対する需要が圧倒的に少ないのは承知のうえである。

Golden Ellipseとはすなわち、黄金率をもつ楕円形の時計という意味である。ケースサイズは32×27mmと、現代では小さな時計だ。あれっこのケースの縦横比は全く黄金比ではないぞ。長短針はそんな感じにも見えるが。文字盤の縦横比でもない。黄金比率を用いたデザインと公式でも言っているものの、どこにどう用いられているのかは具体的には触れられていない。ただし50周年の年次表のバックにヒントは載っている〜極めて精緻に設計されていることが読み取れるだろう。シンプルの極みのデザインである。

ケースの薄さは6mmと極薄であり、ラグありモデルもあるが、ラグ無しの楕円ケースの上下裏側からストラップが生えるこの形が標準的である。そのためストラップ端とケースバックの面がほぼツライチで、かつ薄いため、装着感はもう羽根のように軽く最高の部類である。シャツのカフには何の引っ掛かりもなくスルリと収まる。

バックルは、ケースと完全な対をなす楕円形状である。尾錠幅は14mmだが時計本体が小さいため、一般的な時計本体とバックルの大きさの比と異なり、バックルがずいぶんと大きく感じる。そしてこの形状なためストラップに定革は無く遊革のみとなり、また剣先はボートでも角でもなく丸型で、時計側は小さい切込みが入る特殊な形状となっている。バックルも勿論WG製で、楕円を基調としたトータルで纏まりのあるデザインだ。風防は最近のエントリに書いた通りフラットなものであり、ストラップに繋がる形状が特殊だという点以外は何の変哲もない楕円ケースである。などといつもの調子でパーツに話が及んできたが、この時計はやはり時代背景を考慮しつつそのパッケージを語りたい。

Golden Ellipseが誕生したのは1968年のクオーツ前夜、60年代後半から70年代は薄型2針のドレスウォッチが多く登場しており、それはPPのみならずVCAPでも例外ではない。自動巻きの薄型機械と言えばJLC920であるが、登場は1969年でありこの時点では現存しておらず、ドレスウォッチがまだ小さめのこの時期、2針ドレスとして新登場したリファレンス3548は銘機23-300を心臓部に据えていた。当時のPPが使える選択肢としては、この機械しかないわけである。なお28-255入りの通称ジャンボエリプス(Ref.3759)ものちに登場する。

この時計によく似た時計はAPなどでも確認され、薄型2針は明らかにこの頃のトレンドであった。またラグ無しでケースに直接ゴールドブレスレットがついている時計は6070年代に良く見られる意匠であり、もちろんエリプスにも展開されていた。ケース形状はこの縦型のものが最もポピュラーではあるものの、横長のモデルや角丸の四角、縦に長い六角モデルなども存在し、ケースが異なる派生モデルも多種存在する。珍品は何と言ってもノーチラスの耳が付いたノーチエリプス(おそらくクオーツのみ)であろう。いずれも小さめの薄いケース、薄手のストラップまたはブレスを持つ手巻きである。

3548は登場から約5年後、23-300から215に機械が変わってリファレンスも3748となり、それが本モデルである。機械は変わったものの外装の変化はごくわずかであり、完全にキープコンセプトであった。その後3848にリファレンスは変化するが、外装上の違いはほぼ見られない。大きな変更があったのは1977年、ついに自動巻きとなり、ケースサイズもここで初めてボリュームアップされた。しかしプロポーションは不変であり、ソリッドバックの薄型2針でここも完全なるキープコンセプトである。この時点で針の先端は尖らせず、インデックスと合わせて角形に切られるようになっている。このリファレンス37382000年代まで生き残るがついに2008年、5738となってもう一回り大きくなる。しかしそれでもキープコンセプト、この頑なな姿勢は、近年のパテック社ではあまり見られなくなったものである。(ただし5738YG/青文字盤は姿を消しており、青文字盤はPTのみ)
なぜ頑ななのか。それは、最初のゴールデンエリプスがあまりにシンプルかつ完成され過ぎていて、逆に何もできなかったということが理由なのではないか。すなわち、これこそがパッケージングの勝利なのだ。ここが本稿で最も言いたかったことである。

何年経っても変えようがないプロポーション、変えようがない時計。色や材質すら殆ど変わっておらずコンセプトを継続している、いやせざるを得ない時計が、ゴールデンエリプスなのである。

肥大化した96である現行の5196は、明らかに針のクオリティなどが3796時代よりも落ちたままであるが、エリプスに於いては、凡そ全てのパーツのクオリティが、1968年のモデルからほぼ落ちずにキープされてきた。こんな時計はPP社の中でおそらくエリプスのみであろう。実際に2010年頃のパテックの時計の中で、最もパーツのクオリティが高くキープされ、バランスがとれていたリファレンスは3738/100であったと思う。シンプルすぎて完成されていたため、それを再生産せざるを得ないほどの時計はなかなか無い。稀有な時計であることは間違いなく、冒頭に書いたように「名作」だと思うに至った理由はそんなところにある。

この時計はデザイン及びパッケージが凡そ全てなのであるが、一応各パーツについても述べておく。ケースはWGでベゼル以外はサテン仕上げ部分が多い。仕上げは手馴れており勿論クオリティも極めて高いものだ。ダイヤルはハイライトの一つで、パテックブルー(アーカイブはサンバーストコバルトブルーと表記)と呼ばれている。文字盤下部のσ表記はゴールド文字盤の証であり、コバルトを用いてブルーが得られたと言われているが詳細はWeb上では確認することは出来ず、おそらくPatek社内に留まっているものと想像される。顔料の一種であるアルミン酸コバルトを用いるのか、ガラスに解けだすコバルトガラスを用いたのかは定かではないが、この深みのあるブルーこそがエリプスの大きな魅力であることは疑いが無い。

繊細なインデックスはWG製であり、それぞれ2本の足でしっかりとダイヤルに固定されている。表面・側面は鏡面に磨かれており、正確に取り付けられている。アプライドインデックスは、12本の表面が全てツライチに設置されていることが重要であり、その点も完璧で工作精度および組立の正確さがよく伝わってくる。また特徴的な形状のケースの、見返し部分と文字盤のチリも完璧である。ケースの厚さによく合った小さな竜頭はカラトラバ十字入りのもの。毎日巻くような大きさではなく、フォーマルなシーンでその時だけ巻いて簡単に時間を合わせて使う、そんな使い方が似合うと思う。そのためにはミニッツインデックスもない2針が相応しいのである。さてその針。時分針ともごく細いバーハンドで、先端は僅かに尖っている。袴と針をよく見ると往年のパテッククオリティそのもので極めて立体的。全てのパーツはシンプルであるが、そのクオリティおよび立てつけが完璧なため、全くスキが無く、高級時計そのもののたたずまいだ。

これを読んでいたら、だんだん欲しくなるとまでは行かなくても、少なくとも手に取って見てみたいと思うようになってくれたのではないか。でも実物見ても反応が極めて薄いのは良くわかっているので、まあ好きな人が楽しめばいいのである。あ、時計とはそもそもそんなものか。

市場に70年代のタマが多いのは事実で、この頃特に人気が高く、良く売れたのは事実と思う。70年代の終わりには65種類以上もラインアップされていたと、50周年のプレスにある。懐中時計やカフリンクスなど周辺展開も余念がなく、Ellipse dOrは確かに存在感があったと思う。時代に合わせて最もスタンダードな2針は大きくなっていくものの、それ以降も継続的に製品はリリースされており、”カラトラバの次に長い歴史を誇るシリーズ”は伊達ではない。(3,4年でシリースに見切りをつけるどこかのブランドとは全く違う。それこそがパテックの真髄であろう。)

最後にリファレンス表を載せる。例によって大変調べるのに難儀した(しかも需要もないが、これだけのものは他にないと自負する)。

この表を作るために暫くGolden Ellipseの画像を大量かつ、つぶさに見続けたのであるが、50年分もあるので主だったもののリファレンスしか頭には入っていない。しかし37483848を表の画像だけで見分けることが出来るようになったのは、大したものなのでは、と我ながら思う。そして今、このデザインを生み出した設計者は天才に違いないと確信するに至った。これは工業製品にありながら芸術の域だ。

Golden Ellipse References Ver.2.5

ダウンロード - gents.pdf

ダウンロード - ladies.pdf

ダウンロード - non_oval.pdf

見やすい方法がないか試行錯誤しましたが、結局DL方式にしました。

 

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2019年4月27日 (土)

単結晶サファイヤの話

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時計用風防がプラスティックから単結晶サファイヤに置き換わり始めたのは、凡そ1970年頃からである。当時のサファイヤガラスは、分厚い単結晶に育てるためには時間と大きな設備が必要であり、現実的な製品として、最初に時計用の風防に用いられたものは薄くフラットなものであった。一方で、この時期は腕時計業界にとってどのような時期かというと、

・クオーツ腕時計が出現したのち急速にコストダウンが進み、大量生産が出来るようになった
・機械式腕時計にとっては大きな打撃となり、製造数が大きく落ち込んでいく
・特に高級な腕時計は薄型化が進んだ

薄型化の流れの中で、単結晶サファイヤは薄くても強度があるため、高級腕時計にこぞって風防として採用され始めた。しかしまだ単価が高く、高級なものにしか採用できなかったとも言えるだろう。この時期に世に出た代表的な薄型腕時計として、ロイヤルオークやゴールデンイリプスなどがあり、それらは設計時から、いずれもサファイヤガラスの採用を前提としていると思われる。すなわち厚さが6~7mmクラスの薄くフラットな時計である。

薄型イコール高級、しかも風防はフラット。この条件を前提としてデザインされた高級時計にとっては、フラットな中にどうやって高級感や立体感を出していくかが課題であり、高度な次元で課題を解決されたものが今も名品として残っているのは、衆目の一致するところであろう。

なお1990年代以降、EFG法の発明・発展によって、時計用の分厚いサファイヤガラスが現実のものになっていく。国内サプライヤーとしては主にセイコーに供給している二光光学などがある。そして2010年代後半に入ってから、ようやくボックス形状のサファイヤクリスタルが一般的になってきた。これは2010年前後から始まった復刻時計ブームと微妙にリンクしており、オリジナルではプラスティック風防だったものが復刻版でサファイヤに置き換わることがようやく出来てきている。特にここ2~3年で一気に採用が進んだ裏には、顧客ニーズに対応する柔軟性向上と納期の早期化、均質化、低価格化などの波が確実にあり、技術上のブレイクスルーがあったのかもしれない。

風防という時計の単なる一つのパーツだけ取ってみても、工業的な時代背景と密接に結びついており、それらは時計を考察するバックボーンとして重要な情報である。

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2019年4月12日 (金)

APのCODE 11.59

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APCODE11.59を見てきた。写真では伝わりづらいと多くの人々が言っているが、ほぼ写真で見た通りであまり新鮮な驚きというものは無かったのが正直なところ。特に確認したかった、二つの変数を持つ面構成の風防の印象はほぼ写真から想像した通りであった。斜で見たガラスの「グルグル」は、ド近眼の私のメガネのようでもあり、かつ「表と裏の曲率のあっていない古のサファイヤ」の歪みを彷彿とさせ、どうしても私にとっては安っぽく見えてしまった。狙ってやったかのような解説ではあったものの、私にはマイナスポイントに映った。むしろ「クリスタルはその複雑な面形状に完全に追随した一定の厚さを備えているため、斜で見ても一切歪みが無い」ほうが、よほど高級感を醸し出したのではないだろうか。

針は古のAPの一つの型と言えるバトン。ただしアワーとミニッツの太さまで変えたのは古に範をとらないディテールと言えるが、もう少し差を分かりにくくした方が好み。インデックスの数字も、ある年代のAPに見られるフォントであり違和感はないが、私はあまり好きなタイプではない。

何重にも重ねて塗ったラッカーを研ぎだしてあるダイヤル面は非常に平滑(見たのは黒と濃紺)で、とろけるような質感を出しており楽しめるポイントだ。ただその厚さが災いしてデイト窓が深く感じ、かつファセットや枠もつけていないため、デイトリングの黒の梨地と超平滑なダイヤル面との対比が思った以上に印象に残ってしまい、私は残念な点だと感じた。これはデイトを単純に無くしてしまえば良いだけだと思う。デイト機能を付加したい気持ちは分かるが、ならばいっそ白地にしてしまっても良かったのではないか。

ケース形状はこれまで前例がないほど複雑である。それがどのような効果を生み出していると感じるかは人それぞれの感性によることは当然であるが、肉抜きされたラグの存在が目立ち、サンドイッチされたミドルケースのロイヤルオークオマージュが目立ちにくい。プロジェクションマッピングでも執拗に丸と八角形が強調され洗脳してくるが、それを知らない限りあまり気づけないだろう。とはいえ形状は正確でエッジも立たせるところは綺麗に立っており、稜線の安定感など相当なもので、サテンが多い仕上げも綺麗かつ丁寧だ。ケースは流石の出来であり、この形状のケースをこのクオリティで量産できるということは、素直に凄いことだと思う。切削機を含めた製造プロセスの進歩は物凄い。なおCODE11.59はシリーズ全てで、生産数は年間2,000個までと決めているようだ。今や年産36千個とも言われるAPのなかでは小さな集団と言える。しかし製造本数随分増えたな。

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さて中身について。3120に比べ二回りも大きくなった機械はみっちりと入っていてサイズ比は好印象であるが、8振動化したことで何故かAPとしてのこだわりを捨て去ってしまったかのようにも感じたのがまず最初のポイント。それと今更方式にこだわる時代ではないと思うものの、個人的に高級機はやはりスイッチングロッカーだという固定概念もあり、リバーサーとなった結果より広い面積となったムーブメント全体に対して機械として機構が色々と詰まったようなミッチリ感は無く、見た目的にも少々寂しいムーブメントと感じた。ひょっとするとルノー・エ・パピにとって浜口氏を失ったことは、思った以上に打撃だったのかもしれない。なお機械の仕上げはAPとして並である。勿論凡百のメーカーよりは当然良いが、おそらく最初期ロット故の不安定感(べベル部分の均一性とか)を感じた。おそらくこれは今後向上してくるであろうし、初期またはプロト特有の問題だろう。ただ完全に個人の趣味だがこの機械を見せるくらいなら、ソリッドバックがベターだな。(また言ってる)

マーケティングは相変わらず派手で、それ自体は六本木でパーティーをやっていた10年前と何ら変わることが無いスタンスである。顧客として明らかにそれ系を狙っているのだがその方針は、遠いルブラッシュの熟練職人に想いを馳せ、古いAPも愛でてきた層にはリーチしにくいだろう。メゾンのアーカイブを大事にする姿勢はマイケル・フリードマン(そういや彼に以前会った時、Y師は彼の靴を褒めていたな)を社員にしてしまったことなどからも十分に伝わることなども踏まえると、顧客としてはもうあらゆる方面に触手を伸ばしているような印象であり、そんなところは今も一昔前もあまり変わらず、むしろAPらしいなと思った。

因みにクロノも弄ったところ、ボタンの操作感は現代の時計として平均的。30m防水ながらOリングの存在を感じるやや重めのもの。リセット時のクロノ針のブレは皆無、クロノ針のマスやバランス(細さとデザイン)をよく検討していると思われ老舗としての手堅さを感じた。なおクロノの機械のほうが当然凝縮感があり、ブリッジの形状やコラムホイールの見せ方が非常に現代的。一度でも1185を使ったことのあるメゾンは、自社で内製したクロノムーブメントと言うもののF.ピゲの影響を色濃く感じるねえ。

最後に。CODE11.59は事前のティーザーから絨毯爆撃のように宣伝しまくったので、もし今これをしていたら時計痛もとい時計通の間では「おっ」となると思うけど、なんとなく一発受けに300は厳しいなあと。あと今回は事前のリーク騒動がごく一部で話題だが、まあ新製品のリークで話題になる新型iPhoneのようなものと捉えれば、話題も関心もさらったという点では十分な宣伝効果を得たのではないかな。

ということで、私は買わない(買えない)というだけで特に結論はありません。このあとどう育つのか興味はあります。

 

 

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2019年4月 7日 (日)

コレクションの持続性の話

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またいつものJLC批判である。つまらん記事とは思うがどうしても書きたくなったのであえてアップする。

クロノス82号の記事は多くの特集で読み応えがあり、そのなかで特に共感したのがBovetP.ラフィさんの言葉である。

「私たちがコレクションに盛り込みたいのは、耐久性が高いこと、視認性の高いロジカルなデザインを持つこと、そしてロジカルな機能と、コレクションとしての持続性を持つことです。コレクションは継続しなければならない。それが顧客の信頼と忠誠を得ることになります。」

ああ、この人は作り手の立場でありながら顧客の、いちマニア心を本当に理解しているなと感じた。心配なのは、コレクションのラインを増やしたかと思うと、売れずに消滅させるJLCにその言葉を真に理解する日が来るかどうか、ということである。

コレクションの一貫性や継続性は本当に大事だ。JLCでもマスターやレベルソは、(その過程では紆余曲折あるものの)ある程度一貫性は保っている。しかし過去のイデアルやAMVOXは消滅したし、レベルソの中でもスクアドラはあっさりと消滅した。最近の自動巻ラインも怪しい。IWCも一貫性という観点からは、例えばダ・ヴィンチのラインなどデザインの継続性を一切無視して新シリーズ化したりするし、GSTの系譜もよくわからない感じでアクアタイマーに収斂している気がする。インヂュニアもデザインを過去何度か一気に切り替え、しかも継続性がないなど、各コレクションの持続性は怪しいと思う。

ラフィさんの言葉は、ボヴェの製品を買い、愛でるために大きな安心感を与える。これは買い手の立場に立って物事を考えてみれば容易に想像がつくことだ。

残念な具体例をあげよう。今シーズンで一番衝撃を受けたのは、JLCがジオフィジックのシリーズを早くも捨て去ったことだ。この製品を購入した人はどう思うのか。限定と謳っていたモデルならともかく、スタンダードモデル全てのディスコンであり、後継が全く出ないのである。それは野心を持って売り出したものの、期待したセールスをあげられない不人気なモデルということを会社として認めたということに他ならない。購入者の気持ちを全く考えていないと思われるのだ。(決めたのは同じ82号にインタビューがあったこのCEOなのか。)

それどころか、ジオフィジックというレジェンダリーな名称を使い捨てにしてしまったメーカーの考えの浅はかさには信じられない思いだ。私がとりわけこの名前に執着しているだけかもしれないが、今後JLCがもしこの名前を使いたくなったとしたら、今回の黒歴史を自ら「なかったこと」にするのか、それとも「一定程度の成功を収めたものの、惜しまれつつディスコンにした」などと話を嘘っぽく美化する必要があるはずである。伝説や伝統を極めて重んじ、そしてそれらを宣材に使うのが常套手段のこの業界のなかで、自ら首を絞めることになるのではないか。なお予言しておくと、このままではポラリスも危ない。

もう一度ラフィさんの言葉に戻る。「コレクションは継続しなければならない。それが顧客の信頼と忠誠を得ることになります」この逆を平気でやってしまうのが今の「伝統的なスイス高級メゾン」である。

気がつけばJLCIWCもリシュモングループで、CEOは両方ともいわば雇われ社長だ。求められるのは売り上げの拡大、それはわかる。しかし売り上げが伸びないので伝説を使い捨てにしてもいいという権限を持っているとすれば、その権限を持たせてしまったリシュモントップのジェロームも批判の対象とするべきなのか。一方同じコングロマリットでもランゲは違う。継続性と持続性に長けており、どのモデルを買おうにもほぼ不安がない。究極はロレックスである。おなじペットネームをもつ、より改良された時計を出し続ける。まるでポルシェみたいだ。だから安心して買えるし、いつの時代に買ったものでも価値がある。今の市場の評価も納得であろう。

ブランド戦略には各メゾンで大きな違いがあり、それらは永い目で見れば結果として大きな差が出てくることは間違いない。改良し刷新するべきところはする、しかし伝統的にタッチーなことは慎重に進める必要があるのだなあと、改めて思ったのである。ボヴェは一貫していいものを作ってきている。それにはやはり、このトップの存在が大きいと思う。

 

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2019年2月20日 (水)

Longines Ultra Quartz 6512

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クオーツ開発戦争のなかでロンジンが生み出した異端中の異端。ウルトラクオーツを一言で言うとこんな感じか。その異端ぶりはそのムーブメント外観から特に顕著である。一つ一つ手で半田付けされたと思しき抵抗やトランジスタ群。そして真ん中に発振子そのものが鎮座する。まるで昔のラジオか音響機器みたいだ。

この時計が世に出たのは1971年のことであるがその2年前、ウルトラクオーツというインハウスムーブメントの発表は1969年であった。クオーツウォッチ開発競争はSEIKOが数ヶ月の差で勝ち名乗りを上げ、ほぼ同時期にスイスの時計連合はCEHコンソーシアム(Centre Electronique Horloger,1962年ニューシャテルに設立)をハブに、Beta1,2を経てBeta21を生み出した。スイス時計メーカーはクオーツ開発競争においてはCEHにすべてをかけていた。と思いきや、唯一ロンジンだけが自社開発(正確にはローザンヌにあったBernard Golay S.A.と共同開発、砂時計プロジェクトと名付けられた)と二股をかけていたのである。結局、そのウルトラクオーツはBeta21とほぼ同じ時期に完成した。ただしBeta21はとても高価だったとも聞く。かくしてロンジンだけがウルトラクオーツとBeta21搭載機の両方を発売するという、滅茶苦茶な状況となったわけである。

セイコーのクオーツアストロン開発秘話はそれなりに見聞きするし、その対極として語られるBeta21も有名である。しかしこのウルトラクオーツの日蔭ぶりは半端ではない。1971年から1973年のわずか2年間しか製造されず、その個数は約2000個と言われている。現存してマトモに動く個体も少ないという話で、レア時計の一種であろう。

ロンジン・ウルトラクオーツはこのTVスクリーン状ケースのモノと、丸ダイヤル・クッションケースのものの2種類が存在する。SSケースであるがGPもあり、かつ文字盤デザインも複数確認できることから、売り出した時はそれなりのバリエーションを揃えて大々的だったことが伺われる。また当時のアドバタイズとして、新聞全面広告のようなモノも確認できる。

ケース違いの二種も基本的な構造は全く同じであり、電池の裏蓋とフィルムカメラの巻き上げ軸のような竜頭がいずれもケースバックにつく。よってケースには横に竜頭がなく、文字盤デザインも含めて70年代初頭感たっぷりのレトロフューチャーである。この年代は機械式時計も(レトロ)フューチャー流行りだったので、クオーツならではの独特なデザインというものではない。が決定的なのはやはりバックリューズだということだろう。時計はブレスとストラップの両方が市販されたようだ。

さてこのウルトラクオーツ、まず運針はBeta21同様スイープであり、ブイーンとものすごく大きい音がする。さぞや電池の持ちは悪いだろう。これは使っているうちに判明するはずだ。

そして実際に使ってみて分かったこととして、腕にしているとき、すなわち一定の温度を保っている時は日差01秒という驚愕の数値をたたき出す。しかし冬場低温下に置いておくと一日に数分も遅れる。最初にこれは、クオーツ発振子の設置方向による姿勢差なのではないかと疑ったが、どうやら温度差で間違いないようだ。機械式時計で言うAJUSTED TO HEAT AND COLD、これが調整出来ないようなのだ。確かに今の7C46クオーツなどでも冬場の方が若干遅れ気味になる。低温時に遅れ、高温時に進み方向になるのはもともとクオーツ時計の性質なのだろう。なお機械のブリッジには堂々と「UNADJUSTED」と刻まれている。

先に発振子と簡単に書いたが、その振動子は音叉形状ではなく9350Hzで振動するバーで構成されていて、これを可動コイルと固定された永久磁石で駆動する。振動子の途中から垂直方向に細い腕が生えており、その先端にルビーがついている。これがラチェットとして機能して170歯の歯車を回す。これが原理である。この歯車に直結されたウォームギアにより回転方向は90度変換され、秒針分針時針の輪列に至る。ステップモーター式ではなく、このようなやや無理矢理感のある駆動方式なのでスイープ運針なのだ。

機械というか基盤というか、これはもう手仕事感満載の電気装置である。よく短絡していないな、というレベルで19個の抵抗、14個のトランジスタ、7個のコンデンサが入り組んで配線されている。なおBetaやクオーツアストロンとの決定的な違いはICが無いことに尽きる。クオーツの開発・製造はCMOS-ICの安定供給にかかっていた側面があり、この供給元はアメリカであった。なので場合によっては、時計産業はアメリカから大きく復活する可能性もあったわけだ。ところがウルトラクオーツはICが無い為、比較的安価かつコンソーシアムを組むことなく2社で開発し切ることができたのだと思われる。

ここでいま一度1960年代後半に想いを馳せてみたい。既にクロックは存在していたものの、この世にまだ水晶発振子を持った腕時計が生まれていない時代、機械式とは比べ物にならない超高精度を求めて、機械式腕時計に代わる存在として開発されていたのがクオーツウォッチだ。競合はオートマチックの機械式時計であり、それは自社の製品を食うことも意味するかもしれない。しかし時代は着実に進んでおり、スイスは極東やアメリカの会社に負けるわけにはいかないのだ。(勿論アンダーグラウンドではプレイヤーたちは敵対もすればアライアンスも模索していたはずだが。)そして競合製品が機械式なら、コストは機械式ムーブメントの製造と同程度まではかけることが出来、精度で上回るという価値観だったと想像される。しかしながらCEHで生まれたBeta21は大変高価だったと聞く。一方でこのウルトラクオーツはコストを抑えることを主眼に独自開発されたわけであり、それがどこまで実現できたかは分からないものの、見た目の異形感もそのコストを抑えるという目的を考えてみると妙な納得感はある。なおウルトラクオーツの水晶発振子駆動方法はBeta21に酷似しており、別物であることを証明するために当時のロンジンは苦労したようだ。どういう手打ちかは分からないが結果としてロンジンはBeta21600個購入することになり、先に述べたように異なるクオーツムーブメントの時計を併売するという結果となった。このような話を今聞くと「何を馬鹿なことをやっているのか」とは思うものの、逆に切迫感・ひっ迫感を感じさせ、当時の妙なリアリティがあると感じる。

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ここまで中身に纏わる話にほぼ終始してしまったので改めて時計本体を見てみよう。TVスクリーン型のケースは、ケースバック部分が分厚く重量感がある。ラグを省いたのは、バックリューズと相まって近未来感を出したかったのではないかと想像しており、それは文字盤デザインにも顕著である。針とインデックスのデザインは完全に整合しており、存在感のあるデザインはこの時代のものに比較的よくみられる。おそらくステンレススチール製のインデックス・時分針に白っぽい夜光(既に光らない)に比べて、秒針はとても目立つ。これはステップモータークオーツではなくスイープ運針であることを強調したかった結果と考えている。LONGINESと羽根つき砂時計のロゴはアプライドで、ウルトラクオーツの圧電素子を単純化したようなロゴマークもアプライド、3点ともに出来は良い。風防はプラでベゼル面よりもやや張り出しており、面はフラットだ。トータルで見て、視認性は高い。そもそも厚さがあるうえ、電池蓋とバックリューズのお蔭で手首上では少々浮いた感じがするため、しっかりと手首に装着したほうが良いタイプの時計である。そういう意味では厚めのブレスの方が実際に使う分には優れる気がするものの、ラグ幅というかばね棒幅は22mmもあるので幅の広いストラップが装着可能であり、そこでバランスを保っているのかもしれない。今現在は22mmNATOであるが、実はバックリューズの時計にはこれが汗除けになるので合理的、かつベルト幅も全周一緒なのでトップヘビーに対して幅で勝負して負けていない感じであり、意外だが装着感はそれなりに良い。使っていて単純に楽しい時計である。

最後に、完全に時代のあだ花のような存在のウルトラクオーツ、その出自やその特殊性から、スイス時計を愛する諸氏もなんとなくコレクションの一端に加えたくなったりはしないだろうか。クオーツの沼も底なしである。

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2019年2月17日 (日)

889系まとめ

1.はじめに

 889系というキャリバー群は、JLCを興味の第一対象とし始めた2000年代の初頭から、筆者にとってずっと取りまとめたいと思っていた分野である。しかし2019年で誕生以来50余年を経過し(ていると言われ)ており、その間APVC、更にはIWCにも名前を変えて供給され続け、殆ど同じ設計でありながらも細部を着実に進化させてきたそのファミリーの数は膨大であり、今現在Webや書籍で情報を調べてもあちこちのソースで異なることが書いてあるなど、いったい何が真実なのか、探れば探るほど良くわからなくなってきたのが実態である。真実を真実と確認するにはこれらのキャリバーが積まれた多くの個体を入手して調べるという非現実的な方法しかないかもしれないが、これまで取りためた、または漁ってきた多くの情報をいま一度一気通貫的に俯瞰したうえで、今現在筆者が正しそうだと思われることを以下に記す。今後の新たなソースによって更新されていくべき内容を多々含んでおり、何か気が付いたことがあれば都度アップデートしていきたいと思う。

またJLCAPVCと資本関係にあったことから、APVCさらにはIWCの機械も俯瞰しつつ時代的な背景を踏まえながらでないと、この系統の全体像を把握することは難しく、取り纏めが今ごろになったのは、ようやくそれなりの土台が揃ったと踏んだためである。

それでは以下本論である。 

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2.880系まで

JLCとして初の全回転ローターを持つ自動巻きキャリバーは、おそらく51年の493であろう。これは直径21.6mm、厚さは6.3mm4.85mmとのソースもあるが6.3mmが確からしい)の機械で現存しているものは少なくレアである。その後AP/VCに出したものとして1071/2071(デイト付きは1072/2072)があり、この設計は先の493に類似した部分を多く持っていた。その後、JLCとして自社で本格的に使い続けた最初の全回転自動巻きは、これから論じようとしている889系の直系の始祖と言える880系である。直径は全て26.0mm、厚さは880/882がデイト無しで5.77mm881/883がデイト付きで6.14mmとなっている。全て5.5振動で普及品は17石、派生はストップセコンド機能が付いた880S881SGeomatic Chronometreに積まれたファインチューン版の23(881G,883S)があり、K880のように頭にKがつくものはキフショックである。なお880881のように数字が1増えるとデイト付きというファジーな謎ルールがあるが、実際にはこれは当てはまるものとそうでないものがある。59年から市場投入された880系は、結果的に60年代後期までJLCで標準的に使われた。 

493

2493

881G

3881g

3.三大雲上との関わり

ここで当時の環境などを改めて確認する意味で、少し雲上系について書き留める。機械のグレードという視点から、1071/2071系を継ぐ次世代の薄型超高級機こそが、920 >> 1120/2120/28-255であると認識している。ここで急にPatekが出てくることになるが、Patekも薄型の全回転自動巻機を開発しているものの、当の350が世に出るのは70年、それもバックワインドのキワモノであり厚さも3.5mmと、わずか2.45mmしかなかった28-255に及ばず、のちに片巻1-350に改良されたものの基幹ムーブメントとまでは呼べるものまで育たなかった経緯がある。この時期Patekは銘機27-460の後継薄型機を求めてはいたものの自社機械の市場投入まで待てなくなり、350への繋ぎ的に採用したであろうことは想像に難くない。APVC920を得て一気に自動巻き時計の薄型化を果たし、さらにはQPなどのモジュールまで投入していくことになる。一方Patek350が世に出た後も、3700など防水時計にバックワインドが採用されるわけもなく、またその厚さもネックになって結果的に28-255はかなり永く使われている。これ以上書くとそれだけで別稿になってしまいそうであり、これは一応889を軸とした稿なので雲上の話はここまでとしておく。 

28-255

428255c

350

5pp350

4.888/900

さてクオーツが席巻する70年代の足音が聞こえるなか、機械式時計は薄型化が大きなトレンドとなりつつあり、約6mmの厚さをもつ880系は時代に取り残されていく。当時も開発力が旺盛なJLCはもちろん薄型機械の開発を進めており、その結果が先に述べた920とこれから述べる888である。どちらもデビューは67年であり、これらは今も現役で使われ続けている系譜(920に至ってはほとんど変わっていない)である。

880系の次代を引き継ぐべく生まれた両機械について、9205.5振動ということ以外は880との関連性は全くない完全新設計の機械であり、2針時計用のムーブメントだ。明確に高級志向であり三大雲上にのみ供給されている。一方で888こそが自社で使う次世代の薄型自動巻き機械であり、この稿を書いている2019年現在、なんと誕生から50年以上が経過していることになる。その間紆余曲折ありながらも時代とともに改良が重ねられてきた、まさに基幹ムーブメントというにふさわしい機械であり、920同様AP,VCに供給されたばかりかIWCにも供給されてきた。まさに銘機と言えよう。

さてスペックを見てみよう。888は直径28.4mm、厚さは3.25mmとされているソースがある。厚さは最新の899では3.3mmとわずか0.05mm増えているが、888/900889/2の時代まではずっと一定で3.25mmである。デイト付き6振動の33石で、いうまでもなくスイッチングロッカー機である。ただし直径28.4mmという情報は不確かであり、様々なソースをたどって一応今現在自分なりに結論付けているのは、888/1888/1/444などカレンダーモジュールつきのものが28.4mm、そうではない2針・3針は当初から26mmだったのではないかと考える。今回888/889/900系の写真を大量に集めて穴のあくほど見た結果、メインプレートの直径は、日の裏側にモジュールをつけるかどうかで適宜変えているようであり、その一例が888/128.4mmAP2225232526.6mmというのもAP公式にある[が、誤植の可能性すら疑っている])で、26mmの標準に半径にすれば1.2mm(AP0.3mm)加えたというものだ。今回確認できたのは、26mmの基本サイズであるメインプレート外端から、日の裏側のみフランジ状に張り出しているような複数個体の写真である。すなわち、機構的な部分では26mmが基本サイズで、あとは時計の機能や文字盤のデザインに合わせて日の裏側だけ多少大きくしているものがある、ということでこの直径問題を整理したいと考えており、おそらく正しいと思う。

なお888を積んだJLCの代表的なモデルとしてAlbatrosがある。 

888フランジ部

6888frange

次に888889900を整理したい。これは本稿のメインテーマかつ最も大きな疑問であり、調べに調べた結果、今現在の結論は以下のとおりだ。

88867年、6振動、 33石(36石はカレンダーモジュール付)センセコ3針、デイト付き

88983(84年説あり)6振動、最初期は33石、のちに34石、センセコ3針、デイト付き、ハック機能付き

90076年(67年説もあり、真相不明だが888と同時は無いと想像)、8振動、28石、2針デイト付き、3針仕様あり)JLC仕様はスピロフィン、IWC向けは後期のみスピロフィン

901:?年、8振動、36石[32石の存在も不確かながら有り]、センセコ3針デイト付きの存在あり)

888

7888

 

8886振動である証拠

86beat_evidence

900

9900

なお上記のサイズは全て26mm(25.99mm25.7mmとするソースもあるが公式で26mmとしているものを複数得ており、これを信じる)、厚さは3.25mmである。

なお厚さについては、ひとつ分かり易い話がある。IWCに出していた325系というキャリバーは全て900ファミリーであり、頭の325はその厚さをそのまま表しているのだ。ここでIWCの機械もまとめておく。3251から3254までは主に70年代後半の個体、32563258は主に80年代前半の個体が確認された。

32512針、デイト付き 33石、8振動

32522針、デイト無し 31石、8振動

32533針、デイト無し 石数不明

3254:3針、デイト付き、33石(後期は34石)、8振動(事実上の2123>889始祖とも言える)

32563252の後期型、緩急針調整がファインアジャストメントに進化(スピロフィン)

32583254の後期型、34石、スピロフィン

888900の違いは(900が出た時点では)振動数が6から8に変更されていることと、ローターの形状が大きく異なることだ。そして上で述べたIWC325系の機械は基本的に8振動で、ローター形状は900のものだ。

3251

10iwc3251

3258

11iwc3258

IWC公式

12iwcofficial

よって、900が出現した時点で888900は振動数とローター形状によって単純に区別される。この違いについて私は以下の仮説を立てているが、証明するものは今のところ確認されていない。

「本来900は他社供給用のエボーシュである(イメージは888のやや廉価版、スピロフィンが標準ではない)。そして余ったものをJLCが自社使用した時計も70年代後半を中心に少数存在する(これはスピロフィン)」

IWCは後年MarkXII889を搭載するが、ローター形状は900時代を彷彿とさせるものでJLCAPのスタンダード形状ではなく、IWCでのキャリバーナンバー884を名乗っている。これはまぎれもなく889エボーシュだが、仕上げはJLC889に比べてかなり素っ気ない。この関係性も880900、すなわち888は本気で自社使用を想定した、920を頂点とすればそれに次ぐ薄型高級機として開発、時代がやや下がって8振動化とともにIWCなど他社供給エボーシュとして区別したものが900だという仮説を支える気がしている。ただし裏付けはない。 

884

13iwc884

5.AP2123の系譜

67年に世に出た888は、面白いことに日本由来の事象により、それ以降を大きく運命づけられる。1972年といえば革命的な時計がAPから出た歴史的な年である。勿論2121入りの5402ロイヤルオークの話をしており究極の名時計の一つであるが、直径39mmは日本人にはやや大きく感じた当時のAP代理店の日本デスコは、APにもう少し小さいロイヤルオークは作れないのか、とオファーしたというのだ。当然APJLCに相談することになる。実現するには2121では地板が大きすぎるため、もう少し小さい薄型の自動巻きが必要だった。白羽の矢が立ったのは888であり、直径26mm、厚さ3.25mmのスペックは求められたやや小さいロイヤルオークにフィットする。その結果APに供給されたものが2123、ロイヤルオークのリファレンスは4100であり、これこそがすなわち889>899系の始祖なのだ(ゆえに私のコレクションのなかで4100STは重要な位置を占める)。さらに、あるフォラムの書き込みで無視できない重要な内容を発見した。それは888系に初めてハックをつけたものが889だというものだ。

さて4100540272年と比べ判然としないが、遅くとも1980年には登場しているはずだ。よって197879年頃に、888/900APに出されて2123となる。もう一度仮説を整理しておくと888は自社使用を想定した高級ライン、76年に8振動化されて他社供給しているエボーシュが900だ。ここで888/900を求めたAPは雲上であるからして、当時最善のモノを出すことは当然だ。よって高級かつ最新スペックを満たす、すなわち888ローターを持つ可能な限り丁寧に仕上げられた当時最新の8振動機が「2123」となってAPに供給され、その後JLCでは83年、ハック機構がついた888を新たに889と名前をつけることになる。AP21232125に進化する。2123889の始祖だと書いたのはこういう理由である。

889系の進化については次の項に記載するが、JLCAPとの機械の関係だけ最後に記載してこの項を締める。

888/900   高級化、2123 (8振動)

889        ハックが付く。2125 (6振動)

889/1,889/2     2225 (8振動、26.6mm)

899                   2325 (8振動、26.6mm片巻フリスプ)

2123

142123

2225公式 

15apofficial_2225

2325公式

16apofficial_2325

6.889の進化

さてAPに供給した2123、ハック機構がついたのを機会にJLCでは名前を889と変え改めて83年にデビューしている。APでは2125となる。そしてこの時、石数は変わらず33石であるものの、なんと8振動から6振動に戻されているのだ。なぜ振動数が下がったのかは謎で、積み残 し課題だが根拠薄弱な仮説を持っている。それは「AP6振動を求めたのではないか」だ。APはどうも昔から「低振動機こそが高級」と思っているのではないかと感じており、その唯一の根拠は2003年初出の3120でも6振動を貫いていることだけだ(手巻きムーブメントでも、2151400とも8振動であることに対し30906振動)JLC889すなわちAPでの相当機21256振動だ。もちろんもともとパワーリザーブの短い889系であるので、振動数の変化は少しでもこれを伸ばそうとする苦肉の策かもしれないが、どのリファレンスを見ても3840時間程度と書いてあり効果はたかが知れている。APの低振動ポリシーによると思うのはそういう理由だ。

AP21256振動証拠

172225_6_beat

 Watchguy.co.uk より

 

実は889とだけ地板に刻印のある個体はレアであり、これを積む代表的な時計としてKyros Automatic8894年、おそらく90年代は889/1になっているはず)等がある。この素の8896振動である確証を得たいのだが、今のところ叶っていない。Kyrosのメカクオーツクロノはたまに見るが、オートマティックは本当に数が少ない。

889

18889kyros

そしてその後、HeraionOdysseusに積まれた時には889/1に進化し、この時には既に34石化を果たしており、どうやらセットレバーの変更に端を発してメインプレートまで変わり、再び8振動化するのである。APでは2225と名を変える。余談だがGentilhomme Automaticはスモールセコンド化した891が積まれていた。891はこのモデルが初出と思われる。

その後94年にはBig MasterMaster Classicに積まれることになり、この際889/2に進化してリバーサーに2石追加、36石となった。

この変更についてはIWC.chの昔のForumに有名なポストがあり、以下コピペ(著者名だけ正しく修正)する。書かれている内容は素晴らしく充実している。なお冒頭に8882針と書いてあるが、正確には3針デイト付きの機械である。

ただしカレンダーモジュール付は秒針が無い。なお889/1まではドテピンではなく、なんと27-460のようなドテ壁だったことが以下のソースで分かる。

 

889ドテ壁

19dotekabe

Heinz Hampel, in his book 'Automatic Watches from Switzerland', lists the base as Cal. 888. However, the Cal. 900 was only available as a 28,800 beat movement, unlike the Cal. 888/889 which was available as a 21,600 beat movement as well. . By the way, JLC lists the 888 as having no second hand and the 889 as having an indirect second hand.

In all events, here's the changes as I was told by a watchmaking friend:

From Le-Coultre Cal. 900 to Le-Coultre Cal. 889/1;

1) Mainplate - Mainplate changed in order to accommodate screw type set lever

2) Set Lever - Changed from stud/spring fitted to screw fitted and larger diameter of pivot hole

3) Yoke/Stop Lever Spring - New shape to improve functionality

4) Barrel Bridge - Countersink added to accommodate the set lever screw, now secured by 4 instead of 3 screws

5) Canon Pinion - Tighter tolerance to fit the center pipe

6) Hour Wheel - Tighter tolerance – 5 & 6 increases the accuracy of the hands

7) Escapement - Adjusted more accurately to increase amplitude

8) Mainspring - Slightly thinner to prevent knocking due to 7 and improve winding efficiency

9) Barrel - Indentations in the barrel wall to improve control of the torque

10) Intermediate Reversing Wheel - Changed to ball bearings to improve efficiency

11) Friction and Stop Click Spring – Thickness reduced to 0.08mm

12) Date Function – Additional springs added to improve accuracy and consistency

13) Second Wheel and Escape Wheel – Teeth changed to the microgear type

14) Lift Angle – Reduced from 53 degrees to 50 degrees

15) Ratchet Wheel – Was a solid wheel, now has spokes

16) Balance Wheel – Changed from a 3 arm to a 2 arm wheel

17) Oscillating Weight – New shape (15, 16 and 17 were mostly for aesthetics, I think)

From Le-Coultre Cal. 889/1 to Le-Coultre Cal. 889/2;

1) Reverser – Two jewels added in order to reduce friction and improve winding efficiency

2) Pallet Bridge – Pallet bridge had banking walls incorporated in it, this has been changed to banking pins in the mainplate in order to facilitate faster and more accurate escapement set up

上記は昔懐かしい@UnitasJaeger LeCoultreスレに、From Y氏が貼ってくれていたものでもあり、今更ながら流石である。なおスレ主は恥ずかしながら私本人であった。この頃が知識欲的に最高潮と今でも思えるのは、賢人と言われた当時の皆様のお蔭である。

さて889/2はこのまま2000年代まで使われることになるが、ついに05年に899とリファレンスナンバーが改められる。

それは04年に後述する975系が出た際の特徴を備えており、フリースプラング化に加えてセラミックボールベアリングを用い片巻化されている。石数は889/2よりも4石少なく32 が標準だ。またパワーリザーブは香箱周りを見直しているとされて43時間と若干伸びている。なお2014年に出た1958 TT Geophysicに積まれているのは898というリファレンスナンバーだが、これは899のデイト無しであり、古の「数字が1小さいのがデイト無し」の謎ルールが復活している。さらにもう一つ謎があって、JLC公式によると899は現在899/1へと進化しているのだが、この段階でまたパワーリザーブが38時間に戻っているのだ。香箱周りを889/2時代のようなものに戻したのか、この変更は時代と逆行しているので大きな謎である。しかしながら今現在においても、JLCはこの基幹キャリバーに常々何か変更を加え続けていることは大したものである。

899

20899

7.975系の登場と今後の展望

このあとの変化にはもう一つ重要な視点、すなわち975系の市場投入は言及されなければならないだろう。9752004年に発表されたマスターホームタイムの機械で、当時の完全新設計である。この頃のJLCには後述のメイラン氏に加え、伝説的なロジャー・ギニャール氏も未だ設計セクションに籍を置いていた、いわば黄金時代である。その頃のスイス時計業界をムーブメント的な視点で観ると、90年代の機械式時計復活後、その前時代の薄型化からの揺り戻しがあり、かつROLEX3135のような堅牢なムーブメントが着実に進化をし続けている時期であった。3135は良く知られているようにバランスコックが両もちであり、これが安定性・堅牢性に寄与しているなどと言われていた。そこで975である。これは(セカンドタイムゾーン機能をインテグレートしていることもあり)5.7mm889系よりも厚く、かつフリースプラングテンプも両もちのバランスコックで支えられていたなど、オートトラクターとJLC自ら呼称したように、この機械は堅牢であることを印象付けようとした感がある。そしてなにより異質なのが素直なスモールセコンド輪列としていることだ。因みに889系は6時位置にテンワがあるインダイレクトセンターセコンド機であり、通常のスモールセコンド輪列ではない。それと、それまでJLC880から始まるスイッチングロッカーを止め、片巻に替えたことが当時話題となった。そのエクスキューズとして「実際に腕に付けて使っていたら片巻の方が効率が良かった」ということをJLC(のジャン・クロード・メイラン氏)が言っていた記憶がある。ここで975系こそが次世代の基幹ムーブメントであり、巻き上げ効率が(良く調整されていないと比較的)悪いとされていた889系が徐々に取り替わっていくものだと思われた。しかしそれ以降の流れはそう簡単ではなく、大きなアナウンスもなくいつの間にか片巻き化・フリースプラングとされていた899こそが次代の基幹ムーブメントとして君臨していくことになるのである。おそらく899は、何と言っても3.3mmという薄さが時計のデザインの自由度を上げていることがそれ以降の流れの中で重要なのではないかと感じている。 

975

21975

975系の出現前夜、確か2001年頃にJLCCEOに就任したジェローム・ランベール(今のリシュモンのトップ)から、「このあとJLCは機械の高級化を進める」というような発言があったと記憶している。堅牢かつROLEX3135ライクな975は、生まれて間もないにもかかわらず、既にジェロームの構想では基幹ムーブメントではなくなってしまっていた可能性がある。当時JLC8日巻きの875系を世に出し、そのあと新世代の自動巻きとして975を出すなど薄さに拘らない開発を続けていた。875系を積んだレベルソはグランドレベルソの名前が与えられ巨大化し、975系を積むホームタイムや一連のコンプレッサーなどは厚くあるいはシリンドリカルな形状のケースを持つ製品群を形成していた。975は実直な良い機械であったと今でも感じるが、30mmという直径の割りに輪列はコンパクトで外周のスペースを使い切っていないし、地板の装飾や、作りそのものも889などと比べて簡素であったのは事実である。またCNCで正確に作りやすくするために、各種ブリッジに開けられた多くの穴が審美性を減じていたのは、当時から指摘されていたことだ。889系のようにこれをブラッシュアップしていく道もあったであろうが、その後の新製品ラインナップでは975系は不遇であった。デカアツは下火になり、JLCは薄型のマスターを充実させていく。975の最後は自動巻き機構を取り外され(自動巻きが手巻きになると、多くの場合審美性の面で無残になる。特にこの機械にとって位置決めのためのバカ穴類の存在は痛い)、グランドレベルソ976となってその役割を終えている(執筆時現在)。あくまで直感だが、ジェロームはこのバカ穴類が嫌いだったのではないだろうか。

その一方で899系は、相変わらずJLCオートマチックムーブメント群の中心として君臨し続けている。2019SIHHで発表されたマスター新製品群で用いられている899は、それまで泣き所であった針飛びが、とある機構を付加することによって抑えられているうえ、比較的短いと言われていたパワーリザーブも70時間程度と従来の1.5倍以上に伸びているようだ。細かい進化を続けてきた889系が今年またさらなる高みに上った。こうやって熟成されていく機械を見続け・使い続けていくのも機械式時計趣味の一つの醍醐味である。 

JLCは多分あと数十年これを使い続けるだろうし、ぜひそうしてほしいとJLCファン、889系ファンの一人として強く願うのである。

最後に、ここまでとりまとめた一表を付加する。新事実が判明すれば随時更新していきたい。

Year

Caliber

Type

Beat

Jewels

Size

Note

1959

880

3Hands CS

5.5

17

φ26×5.77

882も同スペック

1959

881

3Hands CS Date

5.5

17

φ26×6.14

1962

881G

3Hands CS Date

5.5

23

φ26×6.14

Chronometer

1965

883S

3Hands CS Date

5.5

23

φ26×6.14

Chronometer

1967

920

2Hands

5.5

36

φ28.4×2.45

1967

888

3Hands CS Date

6

33

φ26×3.25

カレンダーモジュール付はφ28.436j

1976

900

2Hands CS Date

8

28

φ26×3.25

?

901

3Hands CS Date

8

32

φ26×3.25

1978

AP2123

3Hands CS Date

8

33

φ26×3.25

1983または84

889

3Hands CS Date

6

33または34

φ26×3.25

AP21256振動

これ以降ハック付き

?

889/1

3Hands CS Date

8

34

φ26×3.25

AP2225φ26.6

VC1126

1994

889/2

3Hands CS Date

8

36

φ26×3.25

889/2まで全てスイッチングロッカー

φ26×3.3

フリスプ化

2004

975

3Hands SS GMT Date

8

29

φ30×5.7

片巻フリスプ

Autotractor

2005

899

3Hands CS Date

8

32

φ26×3.3

片巻フリスプ

899/1

3Hands CS Date

8

32

φ26×3.3

片巻フリスプ

AP2325φ26.6

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2018年12月19日 (水)

E399 Jaeger LeCoultre Geomatic School Watch

平成最後の11月、ある筋からこの時計のオファーがあり喜んで受けさせていただいた。JLCマニア歴約20年にして初めて目にした時計である。このようなものはこれまで存在が確認されていないはずである。なんといってもZaf本にも記録されていないし、20年近く前のものであるがJLCクロノメーターの決定版アーカイヴにも未記載である(コピーを所有している)。しかも今回ほぼ同時期に、世界中で少なくとも6個体をWeb上であるが確認することが出来た。おそらく複数個を持つ筋から同時期に流出したものと思える。その出所やルートは不明であるが、モノの性質上、時計学校そのものかその関係者とみるのが自然なのではないか。さてこの時計の特殊性を一言でいうと「スクールウォッチ」であるということに尽きるだろう。文字盤にそう書かれているのがなによりの特徴であるが、実はそれ以外にもノーマルE399と異なるところが複数あり、以下に列挙する。

・ダイヤルの仕上げがサンレイではなくラッカー仕上げ

・インデックスの形状が異なる

・針がドーフィン

・ケースバックにゴールドのメダルなし

Img_7101

文字盤の質感とインデックスの違いは見た目で特に顕著であり、プロポーションはE399そのものであるが別の全く別の時計のようにも見える。

ありがたいことにアーカイヴがついており、それによると製造は1962年、まさにGeomaticが世に出た年である。機械も前期型E399の特徴である881G(後期は883S)だ。JLCがGeomaticを発表した年に、このようなバージョン違いが少なくとも5個以上は学校に納入されたわけだ。またさらにE399と思われる個体のうち、通常のダイヤル・インデックス・針のスクールウォッチの写真も確認できることから、時計学校の教材となるものであれば良いとの考え方から、その時点で手に入るパーツを合わせて複数個を作って納品した可能性が高いと踏んでいる。

先ほど5個以上と書いたのはもう一つGeomaticではなく、Master Mariner表記の無いE557しかもクロノメーター表記つきというキワモノのスクールウォッチまで存在が確認されたからだ。なおこの個体はECOLE TECNIQUE VALEE DE JOUXと、EPVJではなく今現在も存続するETVJ銘に代わっている(66年以降と思われる)ので、こちらのほうがより新しいモデルだ。今現在のETVJのWebサイトを見ると、関連時計メーカーとしてJLCやAP、ブルガリなどのロゴも出てくる。当時からずっとJLCとは関係を維持してきているようであり、おそらくここの卒業生の多くは今もJLCやAPに居るのではないか。

 

ここでスクールウォッチの位置づけを確認する。懐中時代から1920年代頃までは少なくとも時計学校の卒業制作は懐中時計であったはずで、この卒業時の作品を一般的にスクールウォッチという。しかしスイスの時計学校の名前が文字盤に書かれたこの時計は、おそらく卒業制作ではない。アーカイヴが普通に発行されたように、すべてがJLCで組まれた状態でJLCの工房から学校に納入された、厳然たる「Geomatic」である。ということは、この時計はおそらく学校の教材であり、時計師の卵がこの時計を作ったというような「卒業製作」ではなく、時計学校の生徒たち、すなわち時計師の卵が分解・組立・調整を学んだものと捉えている。ゆえにおそらく何度も分解組立がなされたはずである。ただしこの「クロノメーター」を使っているところがミソで、オーバーホールというよりもどちらかというと調整を学ぶことがメインだったのではないか、と想像している。このような目的のものと解釈すれば、数は6個どころではなく数十個以上の単位で存在したはずだ。

どのような扱いを受けていたかは、機械をオーバーホールしてみればある程度分かりそうである。すなわち巻き芯止めのネジ、機留めネジなどの頭がどの程度いじめられているかで判断できそうだ。

先日もWeb上で変な仕様の666インヂュ(だったっけ)を見たが、このスクールE399のようにこれまで知られていないようなバージョンが今後も「発見」される可能性はもちろんある。既に熟成された時計市場ではあるものの、このような新発見はやはりマニアの心をワクワクさせるし、別個体の発見も期待される。この時計の素性は純粋の興味の対象であり、他の新情報にも期待したい。

 

追記:このような時計の市場価値というかプライシングは極めて難しい。サンプルが少なすぎるためほぼ相対交渉となると思われるが、想像したように数十個単位で現存し、万一ゴソッと市場に出てくるとレア度は下がる。実のところは仕手筋が全て入手済みで、小出しにして儲けを極大化しようと企んでいるかもしれない。売り手と買い手、流通ルートや彼らの戦略などを想像しながら手を出していくのも楽しいものである。

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2018年12月16日 (日)

腕時計のパッケージ

ようやくパッケージの話。某時計業界人と話をしていてこんな話になった。「時計学校を出た時はやはり機械に目が向いているので、複雑な機構を持つなど凝った機械や見た目の素晴らしい機械を作りたくなるのは自然である。が、時計全体のパッケージとして洗練されていて素晴らしいと思えるような時計は殆ど無い」まさにその通りと思う。

逆に時計師でない重度の時計マニアが作ったマイクロブランドは、良いパッケージを持ち、やりたいことがハッキリしている例もあると感じる。この筋でまず思い浮かぶのがDan Henryなどで、古参ではYao君が起こしたMKⅡWatchあたりか。少なくとも超高級ではない。実際彼らも価格とムーブメントという大きな制約の中でやっていると思うが、強い思いによって制約を殆ど感じさせないところが素晴らしい。

パッケージとして完成されている時計といえば、やはり老舗にはなかなか敵わないのではないか。雲上三大が作ってきた時計たちは、駄作もあるが総じてパッケージングがこなれている。なかでもPP96はパッケージとして完成され過ぎていて、結局それを超えるようなものは殆ど出来たためしはないと思う。

96_2

このパッケージという観点から見ると懐中時代、ケースを含むデザインは約200年にわたる歴史の中では殆ど変っていない。ペアケースがシングル化したというのもあるにはあるが、オープンフェイスかハンター、ハーフハンターくらいしか外見は大きく変わらないのである。全体的なプロポーションは、主に脱進器の進化により機械とケースが薄くなっていく程度である。懐中は基本的に機械のサイズにピッタリの文字盤と適正な長さの針が与えられ、それをぴったりと包むケースがあるだけだ。薄型の機械にはもちろん薄いケースが与えられる。そもそも懐中は、機械を選んでその機械のサイズに合うケースを組み合わせるというスタイルで販売された期間が長い。

懐中のデザインにおいて、言い放ってしまえばベゼルという概念は無く、それはただ単に風防を支えるフチである。文字盤上のデザインは、カレンダーやクロノなどの機構によって当然アレンジがされているが、クラシックとして現代に続くデザインは、実は懐中時代にほぼ完成していたと思える。インデックスはローマンか、ブレゲなどのアラビア数字が標準だ。絵を描いたり、モンゴメリーダイヤルと言われる主に女性用のデザインなんかもあるけどね。

ところが1900年代前半に懐中から腕化すると、風防を支えるフチはベゼルというパーツに代わり、ケースバックは単なるケースバックではなく常時腕に接触する部分となった。そしてもっとも大きな変化点がラグの存在である。ケースとラグ、この関係をどうするか。ラグとケースバックの位置関係や形状をどうするか。これが極めてナチュラルに、あるべき姿として現出したのが96であると思う。ケースもベゼルもラグも、もちろんアレンジはいくらでもできる。しかし、例えばスピマスのツイストしたラグはあくまでデザインであり、オメガのアイデンティティではあるが少なくともナチュラルではない。

96は文字盤も針もエポックメイキングであった。砲弾型のアプライドインデックスやドーフィンハンドの組み合わせは、96が最初ではないかと思っている。このデザインは懐中のRef.600に逆輸入された(と考えている)が、あれが違和感なく見えるのは96を見慣れているからに違いない。もしブレゲなどのアラビアやローマンが当たり前のなか、突然砲弾型アプライドインデックスにドーフィンハンドの600番が出たら、それはそれでエポックメイキングであったのではないか。そして96のあのインデックスと針のデザインは、大きな見やすい懐中の視認性を30mmサイズの中で再現するべく、必然的に生み出されたものだと考えている。

こうして96で一気に完成してしまった腕時計の基本的なパッケージ、それは極めてナチュラルなものであった。そしてこれ以降に出た腕時計は、およそすべてがこの呪縛に縛られることとなる。前述したツイストラグなどは、まさにその変える意思によってアイデンティティ化したものである。別にそれを批判しているわけではない。

96はケース・針・機械・文字盤のクオリティも”パテックの懐中”レベルであり、かつその建て付けも申し分のないものであった。これこそが高級腕時計の基本であり完成形なのである。

ここで話が最初に戻る。懐中は実用性が低い遺物のようなものとなり、腕時計すら役割を終えているとも思えるいま、自分が理想とする高級な機械式腕時計を現出させようとしている製作者たちがどこまでこういったことを意識しているか。パッケージの煮詰めよりも機械そのものに注力している例が非常に多いと感じるし、その力をパッケージそのものにも向ければもっと良くなるのになあ、と思えるものが非常に多いのである。

極論すれば、私は機械など見えなくても良い。優れたデザインと仕上げ、装着感を持ち、パッケージが完成された時計こそが理想である。そのような時計を腕にすれば、時間を見るたびに満足できるのだ。そんな時計こそが最終地点なのではないかと感じている。”優れた仕上げ”は”優れた設計やパッケージを完成させるもの”だ。良い仕上げの機械を入れただけの時計は、それだけで良い時計にはならない。パッケージングとは恐ろしく深い世界で、優れたバランス感覚をもち、高級機械式腕時計として纏めあげる力量をも持つ時計師・設計者は世界でも稀である。

ここに論理の飛躍があるのは理解しているが、きっとこの感覚は、本当にごく少数の人々しか共感してもらえないだろうな。

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2018年12月15日 (土)

パッケージの話にいく前のつなぎのエントリ

さて前回は手巻きの代表2機種についてつらつらと書いた。ここでそれ以外のエボーシュを使っている例を少し書く。

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私の手持ちではAS1130を使っているHentchel。大きさや素性といいドレスウォッチに好適であり、ゆえにあのようなバランスのH1/H2など一連の作品を生んだのだと思う。やりたいことと機械のスペックがマッチした好例だね。なお同社は今やオリジナルムーブメント”Werk 1”も持っている。ENICAR自動巻きエボーシュを大量に保有していたクロノスイスは残念ながら弾が出尽くしたようだ。FEFとかMARVINとかちょっと珍しいエボーシュを使った時計もリリースして面白かったのだが。悪名高く懐かしいのはジャケ社が作ったVenus175コピーなんてのもあったが今や中国に流出。いわゆる高級機では、JLCエボーシュは今やリシュモンに属さないと絶対に入手不可だし、ヴァルフルリエも作ったがこれはほぼ量産カルティエ用。FPも本来スウォッチ内だけで、同グループ内ではバルグランジュなどETAも進化。ところでレマニアはどうなっているんだっけ?一時ブレゲの社屋と同じだったようだけど。さらに複雑系ではクリストフ・クラーレやパピなどもあるが汎用ではヴォーシェ、ETAジェネリックではセリタとSOPRODなどがまず思い当る。作りたいものがセンセコ自動巻きならETAジェネリックやミヨタでも良いが、高級かというと厳しいものがあろう。そんななか気を吐いているのがSandoz財団の資本が入るヴォーシェで、手巻き3針は無いものの3針自動巻きからクロノ、複雑系までをラインナップ済みである(なおSandoz財団はAtokalpa,など時計産業数社をバックアップしている)。とにかく、一昔前なら全てETAベースとなるはずが、ETA問題から業界全体が再編されて面白い展開になってきたことは間違いない。何を用いてどのような時計を作るか、独立系の選択肢が増えてきたのは事実である。

 

それではこれらエボーシュを用いた設計はどうなるのか。自ら機械そのものを設計・製作しない限りはエボーシュに頼ることになり、それをどうするかで方向性がほぼ決まってきてしまうという話を前エントリで書いた。手巻きの2機種では選んだ時点で大まかな方向性が出てしまうので、そうではない時計を造ろうと思うと今書いたような他の素性の機械の中から選ぶことになる。よって機械ありきのパッケージは致し方ない。ついでに言うと、イメージ通りの時計を造りたいから機械をいちいち新設計してきた90~00年代前半あたりのJLCは大好きである。

 

エボーシュを入手したのちに、機械に独自性を出すためやることと言えば、自動巻きならまずローターの加工または新造だろう。手巻きを考えればまずはブリッジの加工である。彫金は誰もが思いつくところであろうが工芸要素が全面に出るのに対し、実際に機械の本質的な部分は変わらない。(ここで彫金ムーブメントなのにソリッドバックという誰得な時計を思いついた。こういうくだらないアイディアが大好きなんで)

次は多分ブリッジの新造で、穴石を入手して正確な位置に押し込めればモノになっていくであろう。この先には穴石のシャトン受け化、機械の鍍金仕上げなどもオプションである。シャトンを18Kにすると貴金属の切削が必要になり、回収装置などの整備が必要で少し大掛かりになってくる。そしてその先には地板の新造、歯車の新造まで手を出すと、テンワ・ヒゲゼンマイを含むゼンマイ関係、ガンギ車とアンクル、爪石および穴石、耐震装置などのアソートメント以外を全て自作することになり、その先で初めてテンワの自作などに踏み込むことになってくる。順序的にはこれが通例であろう。

なのでブリッジなど見て分かり易いところに手を出さずに、いきなり脱進器周りから手を付けていくなどというのは機械の本質的な部分を改良しようという気概が満々で、非常に好ましいのであるがそんなメーカーは殆ど無い。まずは見てくれの差別化から入りたくなるのは心情的に理解できるものの、あえて脱進器周りの改良に手を付けてソリッドバックで閉じてしまう、なんていうのが硬派で良いのではないか。それこそハードコア腕時計だ。

パッケージの話をしよう思っていたがここまでは結果として前回の話と大差ない話となってしまった。次こそはパッケージの話を書くぞ。自分では本質に迫ったと思える、ある気づきがあったのだ。

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2018年11月15日 (木)

設計的視点から見たユニタスとプゾーのはなし

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最初に断わっておくがユニタス6497/6498は実によくできたエボーシュであり、それゆえ様々なモデルのベースとなっている。ただしそのまま組むと「ただのユニタス機」になってしまうので、時計の設計者・製作者は独自性を出そうと、あるいは自分の理想の時計に近づけようと色々と努力してきた。もちろん素のユニタス機を蔑むものではない。

6497/6498は大きい機械ゆえ4番の軸がやや外周に寄っていることから、外周をありがちなレイルウェイトラックで囲む文字盤を与えるとスモセコサークルが小さめになるので、このバランスを見慣れてしまうと一目で6498だと分かるようになる。とはいえダイヤルデザインの巧妙なアレンジによって巨大なスモセコサークルを得ることに成功している例もある。懐中やデッキウォッチのクロノメーターを再現させたいという、作り手の気持ちが痛いほどよくわかるモデファイであり好印象。日の裏側に輪列を加えて望む位置に軸を偏心させている例も含め、要はどのような時計を作りたくて、どのように設計したり手を加えるか、ということである。ラングウントハイネも特に黎明期は、分かる人にはパッと見てユニタスベースであることが即ばれた。非常に多くの部分に手をかけて素晴らしい機械に変貌を遂げていたが、例えばアンクルの受けの形状にユニタス臭が残っており、どうも気になってしまうというコア過ぎる変態(褒め言葉)も存在した。そしてなんといってもヒゲ持ちだけは気になるところであり、ここまで手が入ったユニタスは超のつく高級機となってしまい2ケタ万円で買える時計では殆どお目にかかれない。(過去何度か言及してきたが歴代TUDORNOMOSが素晴らしいのは、まず緩急針をトリオビス/スピロフィンに変えてあったところだ。)

ここでNOMOSが出てきたので言及しておくと、このメーカーの機械の発展は実に典型的かつ実直であった。創業時から一貫してプゾー7001を使い続けており、最初期から緩急針をトリオビスに替え、ブリッジの形状は素のままであるものの、通好みの鍍金仕上げにしてあった。私のLudwigはこの頃の最初期モデルである。本路線を保ったまま数年後に3/4プレート化してドイツ時計らしさを増すなど実直に進めてきたが、鍍金仕上げはある時を境にすべて止められ、現在は普通のストライプ仕上げの機械になっている。NOMOS7001でのベストバイは個人的には鍍金仕上げの3/4プレート、バランスコックもオリジナル形状のモデルだ。それ以降、この価格帯では珍しいスイッチングロッカーの自動巻きであるタンゴマットやワールドタイムなど付加機構を持つ時計をリリースしており、順調に発展し続けている。スタートアップ時は10万円クラスの時計メーカーだったが徐々に価格帯上昇に成功しており、健全な発展をしている時計メーカーの筆頭と言えると感じている。

さて話を元に戻す。ユニタスを素で組んだ時計に共通している「あの感じ」は、おそらく見返しの高さによるものだと認識しており、それは針のクリアランスの大きさに依存する。

ディテールの話と一緒になってしまうが、クリアランスを詰めると針が文字盤に張り付き、見返しを低くできる。そうすると高級感が増す方向と思えるが、ことはそう簡単ではない。何故かというとユニタスはそもそも非常に大きな機械であり、文字盤が広大である。ユニタスを用いた時計は凡そ直径が42mm程度以上となるが、文字盤上だけ薄く作っても機械自体もそれなりの厚さがあるのでバランスが悪くなる。なので高級感を出そうとすると、クリアランスを詰めたようにも見せられる重厚な針と袴を持つデザインの方向となるのが必然だ。すなわち元々の使い方である懐中のような腕時計である。そういう意味ではユニタスベースから発展してきたラングウントハイネの時計は、やはりこの路線の究極形と言えるだろう。三本ラグの好き嫌いはあるとしても。

こう考えると機械の直径や厚さはいかんともしがたく、そこから理想形を追求していくとやれる方向や解決策も似てくるのは当然である。Dornbruthによく似た路線の時計たちがその後たくさん生まれたのもむべなるかな。でそれらはほぼ一様に懐中・デッキウォッチ路線になっているのはやはり時計師がその路線をやりたいからで、その意味でのユニタスチョイスは極めて合理的だし、みんな本当に頑張っていると思う。

一方でNOMOSは、もともと7001が小さいので方向性としてはドレス系が考えられるなか、一貫してよくバウハウスに調教していると思う。スモセコ位置の腰高感はあるものの、特に代表作であるタンジェントのデザインは普遍的であり(StowaAnteaもしばしば引き合いにだされる)、もはやレベルソのような時計デザインのスタンダードと言えると思う。今は複数の直径を持つバリエーション構成となっているが、最初期の35mmモデルから一貫して細く繊細な青針を持ちクリアランスを可能な限り詰めていて、シリンダー形状のケースとラグの形状も含めてバランスに優れ装着感も良いなど、設計コンセプトとその時点時点で会社が実力値でやれることが、価格設定も含め本当によくバランスしていたと思う。一連のNOMOSが安っぽさを微塵も感じさせないのは、比較的小さいケース径と薄い見返し、細い青針のバランスに優れるからだと思っており、それはユニタス機に無いものである。

最後に一応結論めいたことを書く。いちから理想の時計を作るメゾンを除き、相変わらず入手可能なエボーシュが限定されている昨今の状況に鑑みると、手巻き時計を作るとなるとどちらかをチョイスせざるを得なかった。その結果、出来る方向性がほぼ決まってしまうという話であった。

手巻きの2機種を例にとって駄文を書いたけど、様々な制約の中でどこまで理想に近づけることが出来るか、という視線で時計を見てみるのも面白いでしょう?ということが言いたかっただけである。

次はもう少し話をすすめて全体のパッケージについて少し書いてみたい。

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